毒素が全身に回る血管奇形「門脈体循環シャント(PSS)」を知る
「門脈体循環シャント:PSS(門脈シャント)」とは、腸(消化管)や脾臓、膵臓から肝臓に流れ込むはずの血管ルートに“脇道”ができてしまい、全身を巡る他の血管ルートに流れ込んでしまう血管奇形を呈する病気です。そのために栄養不足に陥るとともに、肝臓が毒素を分解できず、様々な神経症状を引き起こします。特に小型犬に多いとされるこの病気について学びましょう。
「門脈体循環シャント:PSS(門脈シャント)」とは、腸(消化管)や脾臓、膵臓から肝臓に流れ込むはずの血管ルートに“脇道”ができてしまい、全身を巡る他の血管ルートに流れ込んでしまう血管奇形を呈する病気です。そのために栄養不足に陥るとともに、肝臓が毒素を分解できず、様々な神経症状を引き起こします。特に小型犬に多いとされるこの病気について学びましょう。
目次
「門脈」とは、腸や脾臓、膵臓から肝臓へと流れ込んでいる血管のことを言います。
通常、この門脈は消化管で吸収された栄養分と、同じく腸の中で発生した有害物質を肝臓まで運ぶ働きをしています。
それが肝臓に届くと栄養分は肝臓自身、そして体全体の栄養となり、一方で有害物資は肝臓で処理されて体外に排出される仕組みです。
ちなみに、肝臓には以下のような働きがあります。
①代謝と貯蔵=糖質やタンパク質、脂質などの栄養分をエネルギーに変換して全身に送り、余った分は貯蔵する
②解毒=体内の有害物質を解毒して尿中に排出する
③胆汁の生成と分泌=脂肪の分解吸収には重要となる胆汁を分泌し、胆嚢へ送る
以上、肝臓や腸が体にとって大事な働きをするのと同様に、輸送という分野で門脈も重要な働きをしているわけです。
ところが、門脈体循環シャント:Portosystemic Shunt, PSS(門脈シャント)では門脈に本来はないはずの脇道ができてしまうのです。「シャント」とは、「分岐する」「脇にそらす」というような意味と捉えていただければいいでしょう。
その脇道は門脈とは別の血管(主に大静脈)に繋がってしまい、腸からの栄養や有害物質が肝臓には届かず、別の血管に流れ込んでしまうのがこの病気です。
厄介なことに、間違って流れ込んだ先の別の血管は全身を巡回する血管であるため、解毒されない有害物質が全身に回ってしまい、様々な症状を引き起こしてしまうのです。
門脈体循環シャントには、先天性のものと後天性のものとがあります。
米国獣医学会(American College of Veterinary Surgeons, ACVS)によれば、多くの場合が先天性であり、遺伝的機序は不明で、肝臓の外側の門脈に異常を認める場合(肝外シャント)と内側に異常がある場合(肝内シャント)との2つに分かれるといいます(*1)。
後天性の場合は、肝臓の炎症や線維化などに起因して門脈内の圧が増すことから余分な脇道ができてしまうと考えられています。
この場合、脇道である血管は複数本になることがほとんどで、腹部のいろいろなところに発生する可能性があります(*2)。
次に、門脈体循環シャントの症状についてですが、主に以下のようなものが見られるようになります。
また、肝臓が機能障害に陥り、有害物質が解毒されずに全身に回ってしまうことから、次のような神経症状が見られるようになります。この場合、専門的には「肝性脳症」と呼ばれます。
さらに、体の中では次のような変化も起こります。
では、犬の門脈体循環シャントではどのような検査が行われるのでしょうか? 以下は主な検査です。
血液検査で胆汁酸とアンモニアの数値が高い場合は肝臓の機能に障害が生じており、門脈体循環シャントが疑われます。この胆汁酸とアンモニアを調べるには(肝機能検査)、12時間の絶食後と食後2時間の2回に渡り測定をします。
さらに診断を確定し、治療方針を決めるにはCT検査やMRI検査、血管造影検査などが必要になります。
治療には外科的療法(手術)と内科的療法とがあります。
特に、先天性の門脈体循環シャントで、根治を望む場合は手術が基本の選択肢となります。
その手術には開腹手術と腹腔鏡手術があり、血管のシャントがある部分を①医療用の糸で縛りつけて固定する(結紮:けっさつ)、②リング状の医療器具で締めつけて固定する、③コルク状の医療器具を問題の血管内に挿入して血流を止める、などの方法があります(*2)。
状況によっては複数回の手術が必要になるケースもあります。
一点注意が必要なのは、手術後に合併症が起こる可能性が少なからずあるということ。その一つは術後発作と呼ばれ、手術後3日内に運動失調から見当識障害、鬱、全身性発作に至るまでの症状が見られるもので、犬では最大8%の発生率との報告もあるそうです(*2)。
術後発作の原因は不明ながら、内因性ベンゾジアゼピン(脳内で生成される沈静や抗不安、睡眠などの作用がある化合物)の濃度低下や、興奮および抑制の作用がある神経伝達物質の不均衡などが考えられるようです(*2)。
また、合併症として低血糖が起こることもあります。
その他、門脈の圧が高まり、腹部の臓器へ十分な血液が巡らないことから嘔吐、下痢、腹水、腹部膨満、呼吸困難などの症状が出る門脈圧亢進症があり、この場合、死の危険もありますが、現在は手術法により大幅に減少しているようです。
以上、手術を選択する場合は、獣医師の説明をよく聞いて相談し、納得した上で決定するといいでしょう。
一方、内科的療法は手術ができない、手術を望まない、症状が軽度である、また手術前後にリスクを軽減して体調を安定させる時などに適用されます。
それには腸内の細菌数を減らして有害物質の生成を極力抑える目的で低タンパクの食事、および抗生物質を始めとした薬剤などが犬の状態に合わせて使用されます。
門脈体循環シャントは小型犬、トイ犬種で多く発症します。 一方、肝臓の内側の門脈に異常が見られるタイプは大型犬でよく見られます。 米国獣医学会(ACVS)では好発犬種として表1のような犬種を挙げていますが、その他、表2のような犬種も好発犬種とされます。
(表1)
(*1)American College of Veterinary Surgeons(ACVS)「Portosystemic Shunts」より
(表2)
門脈体循環シャントは先天性であるケースがほとんどであることからも、1歳未満での発症が多いと言われます。
後天性の場合は年齢を問わず発症する可能性があります。
門脈体循環シャントは多くが先天性であることから予防は難しいと言わざるを得ません。一つできることがあるとすれば、健康診断を受けることでしょう。
特にリスクがあると言われる犬種と暮らす場合には定期健康診断を受け、早期発見早期治療に努めることをお勧めします。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
【参照資料】
*1 American College of Veterinary Surgeons(ACVS)「Portosystemic Shunts」
https://www.acvs.org/small-animal/portosystemic-shunts/
*2 Konstantinidis AO, Adamama-Moraitou KK, Patsikas MN, Papazoglou LG. Congenital Portosystemic Shunts in Dogs and Cats: Treatment, Complications and Prognosis. Vet Sci. 2023 May 12;10(5):346. doi: 10.3390/vetsci10050346. PMID: 37235429; PMCID: PMC10223741.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10223741/
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監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医
獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。