背骨の骨同士の間にある椎間板が変性・変形することで神経症状を引き起こす「椎間板ヘルニア」を知る
長胴短脚のダックスフンドやコーギーなどではよく耳にする椎間板ヘルニアですが、実際には、ビーグルやラブラドール・レトリーバーのような一般的な体型の犬種でも発症することがあります。原因は加齢や遺伝的素因、背骨への強い衝撃など。進行するにつれ、痛みや歩行障害、四肢の麻痺などが見られる椎間板ヘルニアについて知っておきましょう。
長胴短脚のダックスフンドやコーギーなどではよく耳にする椎間板ヘルニアですが、実際には、ビーグルやラブラドール・レトリーバーのような一般的な体型の犬種でも発症することがあります。原因は加齢や遺伝的素因、背骨への強い衝撃など。進行するにつれ、痛みや歩行障害、四肢の麻痺などが見られる椎間板ヘルニアについて知っておきましょう。
目次
まずは、「椎間板」とは何なのか?というお話から始めましょう。
椎間板は、背骨(=脊柱、脊椎)の骨(=椎体、椎骨)と骨との間にあるドーナツ状の軟らかい組織のことで、中心にはゲル状の髄核が、周囲には年輪状の線維輪(線維層)があります。
犬の背骨は、頸椎(7個)・胸椎(13個)・腰椎(7個)・仙椎(3個)・尾椎(5個)、合計35個の骨(=椎体、椎骨)で構成されていますが、椎間板はこれらの骨が動く際にクッションの役目を果たし、背骨に強度と柔軟性をもたらしているのです。
そして、背骨の中には脊柱管と呼ばれる空洞があり(椎間板と隣接するように背中側にある)、神経の束である脊髄が通っています。さらには、脊髄からいくつもの神経が体中に走っていて、脳と情報をやり取りしているわけです。
椎間板ヘルニアでは、椎間板が硬くなる、裂ける、分厚くなるなど変性・変形を起こした結果、脊髄が通る脊柱管のほうへ飛び出して神経を圧迫してしまい、神経症状が現れます。
ヘルニアとは、臓器の一部が正常な位置から「飛び出す」「ずれる」といった意味と捉えていただければいいでしょう。
ちなみに、椎間板ヘルニアは、英語ではIntervertebral Disc Herniation(IVDH)と言われます。
では、椎間板ヘルニアが起こる原因はどこにあるのでしょうか? それには、主に以下のようなものが考えられますが、複数の原因が絡み合っている場合もあります。
遺伝的に若くして椎間板の変性が起こりやすい犬種が存在します。これらの犬は、「軟骨異栄養性犬種」または「軟骨異栄養型の犬種」などと言われます。
加齢によって椎間板が変性し線維輪に亀裂が生じて、そこに髄核が入り込み椎間板が膨らんだ結果、脊髄を圧迫するようなこともあります。
事故などで背骨へ強い衝撃を受け、椎間板が変形することもあります。
急激な体の動きや体勢によって椎間板がずれることがあります。
過体重・肥満は背中や関節に負担をかけることから、椎間板ヘルニアのリスクも高まります。
場合によっては、滑りやすい床、ソファやベッドなど高低差のある場所の上り下りも椎間板ヘルニアのリスクを高めると考えられます。
以上、椎間板ヘルニアの原因について簡単に見たところで、次に椎間板ヘルニアの“タイプ”について見てみたいと思います。実は、椎間板ヘルニアには2つのタイプがあり、それぞれの特徴は以下のとおりです。
続いて、椎間板ヘルニアを発症した場合、どんな症状が出るのかを見てみましょう。
椎間板が脊柱管のほうへ飛び出た場所や、その程度によって症状には少々違いが見られます。
コーネル大学獣医学部(アメリカ)のCornell Richard P. Riney Canine Health Centerによれば、椎間板疾患のうちおよそ65%は胸腰部(背中)に関係し、およそ18%は頸部に関連、残りはその両方に関係しているそうですが(*1)、胸腰部(背中)は脊柱管の中が狭く、より脊髄が圧迫されやすいこともあって頸部の椎間板ヘルニアに比べて重症のケースが多いようです。
なお、注意点として、脊髄が損傷して壊死を起こすと「進行性脊髄軟化症」と呼ばれる状態になることがあり、この場合は治療法がなく命にかかわります。
次は、椎間板ヘルニアの診断について話を移しましょう。
診断では主に以下のような検査が行われます。
椎間板ヘルニアが疑われる場合、問診・触診・視診などで犬の様子を診るとともに、痛みのある個所を確認します。
レントゲン検査では腫瘍や骨折など他の原因がないかを確認しますが、椎間板や脊柱管の状態を詳しく診ることはできないため、病変部や神経の様子をさらに確認する必要がある場合は、脊髄造影レントゲン検査やMRI検査、CT検査などが行われます。
これらの診断を行うことで、痛みや障害の程度により5つのグレードに分けられます。
もっとも軽症で歩行障害や麻痺はなく、痛みのみがある。
痛みの他、歩行にふらつきがある。(麻痺の一歩手前の状態)
麻痺があり歩けないが、手足を動かすことはできる。足先をつねると痛みを感じ、自分の意思で排尿することも可能。
麻痺があり歩くことはできない。感覚はほとんどないため痛みを感じにくいものの、強い刺激には反応することがある。
もっとも重症で麻痺があり、強い痛みを与えても感じることができない。回復率がきわめて低い。
診断が下ったところで治療法が決まるわけですが、それには基本的に内科的治療と外科的治療とがあります。
主にグレード1程度の軽症で、まだ歩ける初期段階の犬の場合は、活動を制限して安静を保つともに(ケージレスト)、状況により抗炎症剤や鎮痛剤、筋弛緩剤などが使用されます。
これを2週間~2ヶ月ほど続け、痛みや炎症、腫れの軽減、および椎間板の線維輪の修復を期待します。
痛みが強い、麻痺があるなどの場合は手術が選択肢となりますが、患部の上部にある椎骨の一部に穴を開け、脊髄を圧迫している原因となるものを取り除く椎弓切除術が行われるのが一般的です(*1, 2)。
重症になるほど手術後の回復には時間を要し、回復率も下がります。
動物病院によっては上記の治療の他、針灸治療やレーザー治療、ハイドロセラピー(水の特性を利用した理学療法)、再生医療(幹細胞療法)(*3)などを取り入れているところもあります。
再生医療(幹細胞療法)とは、健康体の犬から脂肪組織を採取し、体外で細胞培養をした後、治療を必要とする犬の体内に投与する療法のことを言います。
それによって自然治癒力や自己修復能力が活性し、主に炎症を抑えることに期待した療法です。
投与方法は点滴、もしくは局所に効果を期待する場合は注射となります。
場合によっては血栓塞栓症やアレルギー反応を起こす副作用もありますが、現在は臨床研究の段階で、国内では動物再生医療技術研究組合に属した動物病院のみでしか治療を受けることはできません。
他の治療法がうまくいかなかった時の新たな治療法として期待されており、対象疾患は少しずつ増えていますが、その中に椎間板ヘルニアも含まれています。
「原因」の段落でも述べたように、椎間板ヘルニアを発症しやすい傾向にある犬(犬種)が存在します。以下の表にあるような犬種は日頃から背中への強い負担や衝撃には気をつけたほうがいいでしょう。
特に、ハンセンⅠ型はダックスフンドやペキニーズ、シー・ズー、ウェルシュ・コーギー、ビーグルなど軟骨異栄養型の犬種に多く発症が見られますが、ハンセンⅡ型ではジャーマン・シェパード・ドッグやドーベルマンなど軟骨異栄養型の犬種以外で、大型犬に多いと言われます。
椎間板ヘルニアのハンセンⅠ型の場合は、多くが3~6歳で発症します。一方、ハンセンⅡ型は加齢に伴い、慢性的に進行するため、中年期以降で発症が見られます。
最後に、椎間板ヘルニアの予防について。遺伝が関係する部分もあり、この病気を予防するのはなかなか難しいと思いますが、以下のようなことは少なくともリスクの軽減には繋がるでしょう。
つまりは、背中への負担をかけ過ぎないように気をつけるということに尽きます。
また、椎間板ヘルニアは早期に治療を開始する、または手術を行うほうが回復率は高くなると言われるので、愛犬に気になる様子が見られる時には早めに動物病院へ行きましょう。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
【参照資料】
*1 Cornell Richard P. Riney Canine Health Center「Intervertebral disc disease」
https://www.vet.cornell.edu/departments-centers-and-institutes/riney-canine-health-center/canine-health-information/intervertebral-disc-disease
*2 UC DAVIS VETERINARY MEDICINE「Disc disease」
https://www.vetmed.ucdavis.edu/hospital/animal-health-topics/disc-disease
*3 動物再生医療技術研究組合「飼い主様向け – 再生医療(幹細胞療法)とは」
https://parmcip.jp/owner/
*4 petMD「IVDD (Intervertebral Disc Disease) in Dogs」
https://www.petmd.com/dog/conditions/neurological/c_dg_intervertebral_disc_disease
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監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医
獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。