毛布をはむはむ、ちゅぱちゅぱ…
猫の“ウール・サッキング”とは?
猫が毛布やシーツ、布切れなどを吸ったり、舐めたり、または噛んだりしている姿を目にしたことがある人もいるでしょう。これを「ウール・サッキング(Wool=羊毛、Suck=吸う、しゃぶる)」と言います。単に遊びや対象物を確認したいという欲求である場合もありますが、何度も繰り返すようであれば猫にとって問題となることがあります。
この記事では、猫のウール・サッキングについて原因や対処法をご紹介します。
1.猫の「ウール・サッキング」とは?
「ウール・サッキング(Wool Sucking)」、猫好き以外ではなかなか聞き慣れない言葉ですが、「wool」は文字どおり「羊毛」を意味し、「suck」は「吸う、しゃぶる」といった意味があります。
これは猫が羊毛製品やその類似品をはむはむ、ちゅぱちゅぱと吸ったり、舐めたり、または噛んだりし続ける行為を指します。
コーネル大学(アメリカ)の猫健康センターによると、猫におけるウール・サッキングは比較的稀な行動で、子猫のうちは見られるものの、一部には成長してもこの行動が続く猫もいるといいます(*1)。
子猫の時は単に遊びや、対象物がいったい何なのかを調べているつもりなのかもしれません。もしくは、吸ったり舐めたりしていることにある種の気持ちよさがあるのかもしれません。
ところが、それが成長してもずっと続く場合、またはある時期から発症した場合は常同行動と受け取られるのが一般的で、さらにそのことによって何らかの障害が出ている段階になると常同障害と認識されます。
常同行動とは、同じ行為・行動を何度も繰り返す状態を指し、人間で言う強迫性障害に似ています。常同障害はそれがさらに進んだ状態です。
ウール・サッキングでは、最初は羊毛が対象となることが多いようですが、徐々に綿や合成繊維に、果ては電気コードや針、ピン、ゴム製品、紙製品、植物、プラスチック、木材などに対象が移行することも珍しくありません。
2.ウール・サッキングを引き起こす原因
ウール・サッキングがなぜ起きるのか、その原因について詳細はわかっていません。
研究者の間では強迫性の行動について認識や考え方に多少違いが見られる部分もあり、一貫したものはないようですが、現在のところ主に以下のような要因が考えられています。
1早期の離乳
シャムとバーマンを対象にしたウール・サッキングの研究では、バーマンにおいて「早期の離乳」と「同胎猫の少なさ」がウール・サッキングのリスク増加と関連するとしています(*2)。
羊毛にはラノリン(羊毛脂)という成分が含まれており、この匂いが母猫の乳首周辺の匂いに似ていることから、特に子猫は羊毛に惹かれるのではないかと考えられます。
2他の病気の影響
前出の研究では、シャムにおいて医療的ケアが必要な状態であること(他の病気があるという意味だと思われる)がウール・サッキングのリスク増加と関連することを見出しています(*2)。
3ストレス
猫にとって何がストレスになるかは個体によって違いますが、猫が何らかのストレスを受けていた場合、過剰なグルーミング、自分の尻尾を追いかけ続ける、などの行動と並び、ウール・サッキングが起こる可能性があります。
一つには、子猫を迎えてから2ヶ月以内にウール・サッキングの問題が起こることが多いようで、母猫や兄弟猫から引き離され、新しい家庭に連れて来られたストレスが関連しているという見方もあります(*2)。
4遺伝
ウール・サッキングを起こしやすい傾向にある猫種がいることからも、遺伝が関係しているのではないかと考えられています(*2)。
5異常な食欲
ウール・サッキングがある猫では、異常な食欲が見られるそうで(*2)、空腹時には周囲のものを手あたり次第に口へ入れてしまうようです。 中には、ウール・サッキングを異食症の一種とする考え方もあります。
6食物繊維の不足
ウール・サッキングをする猫では繊維系のものを口にすることが多いため、食物繊維不足なのではないかと考える人たちもいます。
7歯の問題
歯の生え変わり時期(生後3ヶ月~7ヶ月頃)には口の中がむずむずとするため、それが気になってウール・サッキングをする可能性も考えられます。
3.ウール・サッキングが問題となる場合
毛糸玉を噛んだりしている猫の姿は一見して可愛らしいものですが、その裏には危険もはらんでいます。
たとえば…、
誤飲
ウール・サッキングをする猫の中には最終的に対象物を食べてしまう猫もいます。また、食べる気はなくとも間違って食べてしまうこともあるでしょう。
そうなると食べたものがすべて便と一緒に出てくるならいいのですが、そうでなかった場合は腸に詰まり、開腹手術が必要になるケースもあります。
たとえ腸に詰まらずとも、尖ったものであれば胃腸を傷つけしまうことも考えられ、腸閉塞と同じく猫にとっても飼い主さんにとっても辛いことになってしまいます。
中毒
口にしたものに毒性があった場合、中毒を起こす危険性があります。
ウール・サッキングでは観葉植物を舐めたり、齧ったりするような猫もいるので注意が必要です。
ストレスの増強
ストレスによって転位行動(人間では貧乏ゆすり、爪を噛むなどストレス要因とはまったく関係ない行動をとること)が出る場合、その行動自体がストレス発散になっていることもあります。
すなわち、すべての転位行動が悪いものというわけではありません。
しかし、ストレスが強い時、長く続く時は胃腸障害や免疫力の低下、精神の不安定など心身の健康に大きな影響を与えてしまうことがあるのはご存知のとおりです。
猫が何らかのストレスの転位行動としてウール・サッキングを繰り返しているようであれば、ストレスが強くならないうちに対策を考えたほうがいいでしょう。
事故
ウール・サッキングの対象が電気コードになった猫の中には感電死したケースもあったようです。
4.ウール・サッキングの対処法
では、愛猫にウール・サッキングの様子が見られた時にはどうしたらいいのでしょうか?以下にいくつかの対処法を挙げてみます。
1代替品を与える
猫に口にされては困るもの、危険なものはすべて隠し、代わりに安全な猫用のおもちゃやフードの入った知育玩具などを置いておきます。
ただし、猫が特定のものに執着しているようであれば、それが逆にストレスになってしまう場合もあり、注意が必要です。
2ストレスを発散でき、退屈しないよう遊びや運動のチャンスを増やす
遊びや運動不足は猫にとってストレスになりますし、退屈であるとウール・サッキングが始まる可能性もあります。
猫がなるべくストレスを発散でき、猫としての運動ができるよう、また、ウール・サッキングという不適切な癖を他の興味へとすり替える意味でも猫用のおもちゃや知育玩具、キャットタワーなどいろいろ用意してあげるといいでしょう。
特に隠されているフードを探す知育玩具は嗅覚も使い、脳を刺激することから意外に疲れもしますし、老化予防にもなります。言うまでもありませんが、飼い主さんが猫と一緒に遊ぶ時間をつくることも大事です。
3隠せないものには猫が嫌う忌避剤をスプレーする
容易には隠せないものがウール・サッキングの対象となっている場合は、そのものに猫が嫌う忌避剤をスプレーする方法もあります。
ただし、「1」と同じく、猫がそのものに執着している場合は逆にストレスとなることもあるので、注意が必要です。
4ストレス要因を遠ざける
ストレスが原因と思われる時には、猫にとって何がストレスなのかを探り、なるべくそれを遠ざける努力が必要になります。
大きな音、来客、新しく増えた仲間、産まれたての赤ちゃん、引っ越し、部屋の模様替え、同居猫と共同でのトイレなど、何が猫のストレスになるかはそれぞれなので、環境の見直しも必要です。
5病気がないか健康診断を受ける
ウール・サッキングがある猫では他の病気を抱えている場合もあるので、気になるようであれば動物病院で健康診断を受けてみるのもいいでしょう。
6行動治療を受ける
ウール・サッキングが強度で病的な状態では、行動治療が必要になると思われます。
この場合は合成フェロモンや抗うつ剤など必要に応じて処方されることがあるでしょう。
7過剰な反応をしない、叱らない
飼い主さん自身の対応としては、ウール・サッキングをしている猫に対して、大声を出したり、叱ったりなど過剰な反応をしないことも大事です。
過剰に反応すれば、かえってウール・サッキングという行動を強化してしまうことになりかねません。あくまでも冷静に対処しましょう。
5.ウール・サッキングを起こしやすい猫種はいる?
前述したように、ウール・サッキングを起こしやすい傾向にあると言われる猫種がいます。
それは、シャム(原産国:タイ)やバーマン(原産国:ミャンマー)、バーミーズ(原産国:ミャンマー)などの東洋系の猫です(*2)。
猫種別に遺伝的行動形質の差異を調べた研究では、バーミーズおよび東洋系の猫種は過剰なグルーミングをする確率がもっとも高かったそうで(*3)、もともとそうした資質があるのかもしれません。
しかし一方では、同研究において、ウール・サッキングが起きる可能性が高い猫種はノルウェージャン・フォレスト・キャット(原産国:ノルウェー)、ターキッシュ・バン(原産国:トルコ)、メイン・クーン(原産国:アメリカ)で、もっとも可能性が低いのはロシアン・ブルー(原産国:ロシア)であったと報告しており(*3)、まだまだ研究の余地はありそうです。
6.ウール・サッキングを起こしやすい年齢は?
ウール・サッキングは生後4ヶ月~12ヶ月、少なくとも1歳半以内に発症することが多いと言われています。
7.ウール・サッキングの予防
最後に、ウール・サッキングの予防について。遺伝の関連も考えられているため予防はなかなか難しいと思います。
しかし、以下のようなことは少なくとも予防に一歩近づくことはできるでしょう。
- (繁殖者の立場から)早期の離乳はしない
- 十分な遊びや運動ができる環境を整える
- 併せて、猫にとって心地よい環境をつくる
- 一緒に遊ぶ時間をつくる
- ストレス回避を心がける
ウール・サッキングは背景がまだよくわからない部分もありますが、猫の生い立ちや遺伝、精神面、行動が絡む問題と考えれば複雑であり、重度の場合は治すのに根気が必要となることが予想されます。
多くの猫では成長するにしたがってウール・サッキングは消えていくといいます。しかし、成猫になってもずっと続いている、その様子が過度である、何か異物を飲み込んでしまったかもしれないなど、心配な場合は早めに動物病院で相談することをおすすめします。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
【参照資料】
*1 Cornell Feline Health Center「Feline Behavior Problems : Destructive Behavior」
https://www.vet.cornell.edu/departments-centers-and-institutes/cornell-feline-health-center/health-information/feline-health-topics/feline-behavior-problems-destructive-behavior
*2 Stephanie Borns-Weil, Christine Emmanuel, Jami Longo, Nisha Kini, Bruce Barton, Ashley Smith, Nicholas H. Dodman, A case-control study of compulsive wool-sucking in Siamese and Birman cats (n = 204), Journal of Veterinary Behavior, Volume 10, Issue 6, 2015, Pages 543-548, ISSN 1558-7878,
https://doi.org/10.1016/j.jveb.2015.07.038
*3 Salonen M, Vapalahti K, Tiira K, Mäki-Tanila A, Lohi H. Breed differences of heritable behaviour traits in cats. Sci Rep. 2019 May 28;9(1):7949. doi: 10.1038/s41598-019-44324-x. PMID: 31138836; PMCID: PMC6538663.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6538663/
監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医
獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。