痒みに脱毛…、犬にとっては辛い「アトピー性皮膚炎」の原因や治療法を解説
人間ではローマ時代からあったのでは?とされるアトピー性皮膚炎ですが、犬にも同様の皮膚疾患があります。とにかく痒くて仕方ない、果ては毛が抜ける、皮膚がごわごわになる…。遺伝が関与するとも言われ、治療には根気が必要とされるだけに、犬のアトピー性皮膚炎について知っておきましょう。
人間ではローマ時代からあったのでは?とされるアトピー性皮膚炎ですが、犬にも同様の皮膚疾患があります。とにかく痒くて仕方ない、果ては毛が抜ける、皮膚がごわごわになる…。遺伝が関与するとも言われ、治療には根気が必要とされるだけに、犬のアトピー性皮膚炎について知っておきましょう。
目次
人間同様、犬にも細菌やウィルスなど体の外部から入ってきた異物に対して体を守る免疫と呼ばれる機能が備わっています。
ところが、通常は無害であるはずの物質に対して免疫が過剰に反応してしまい、皮膚に症状が出るものをアレルギー性皮膚炎と言います。
そのアレルギー性皮膚炎には、「食物アレルギー性皮膚炎」「ノミアレルギー性皮膚炎」「接触アレルギー性皮膚炎」「アトピー性皮膚炎」があり、つまり、アトピー性皮膚炎はアレルギー性皮膚炎の一つというわけです。
この病気はなかなか治りにくく、良くなったり、悪化したりを繰り返す慢性的な皮膚疾患です。ちなみに、「アトピー」とはギリシャ語の「アトポス(atopos)=場所が特定されていない」、または「アトピー(atopy)=正常でない」という言葉に由来すると言われています。
アトピー性皮膚炎の原因についてははっきりと解明されていない部分も多く、複数の要因が複雑に絡み合って発症する皮膚疾患と捉えられています。
アトピー性皮膚炎を発症する要因には、次の4つがあります。
1. 皮膚のバリア機能の低下
2. アレルギー体質
3. 免疫の異常
4. 環境中のアレルゲンの存在
これらのうち一つがあるとアトピー性皮膚炎を発症するというわけでもなく、いくつかの条件が揃うと発症するようです。
ここではアトピー性皮膚炎を発症する仕組みを簡単に説明しておきましょう。
免疫系の細胞の中でもっとも重要な働きをするものの中に「T細胞(Tリンパ球)」がありますが、T細胞は大きく「ヘルパーT細胞」と「キラーT細胞」とに分かれます。
ヘルパーT細胞はキラーT細胞を始めとする他の免疫細胞と通信をしながら体に侵入してきた異物に対して攻撃するよう指令を出したりするのに対し、キラーT細胞は読んで字のごとく癌細胞やウィルスに感染した細胞などを直接的に始末できるだけの力をもつ細胞です。
言ってみれば、ヘルパーT細胞は司令官で、キラーT細胞は兵士といったところでしょうか。そして、ヘルパーT細胞には、「Th1細胞」「Th2細胞」「Th17細胞」などがあり、それらを監視してチームリーダーのような役目を果たす「制御性T細胞(Treg)」なるものも存在します。
この中でTh1細胞は細菌やウィルス、癌などに反応し、マクロファージ(異物を最初に発見して他の細胞に知らせる役目を担う)やB細胞(異物と闘うための武器である抗体を作り、相手を記憶する役目をもつ)、キラーT細胞などに指令を出して活性化させ、異物と闘わせます。
その指令に使用するのはIFN-γ(インターフェロンガンマ)やIL-2(インターロイキン2)などのサイトカイン(生理活性物質)です。
一方、Th2細胞はダニやカビ、花粉、寄生虫などに反応し、IL-4やIL-13、IL-31などのサイトカインを分泌して同様に異物との闘いに貢献します。この時、アレルゲンを感知した場合は、B細胞によってIgE抗体が作られます。
このTh1細胞とTh2細胞は互いのバランスが大事であり、Th1細胞が過剰になると自己免疫性疾患を引き起こし、逆にTh2細胞に偏り過ぎるとIgE抗体が過剰になることからアトピー性皮膚炎のようなアレルギー疾患に繋がってしまいます。
ここで働くのが制御性T細胞(Treg)で、Treg細胞は自己免疫性疾患やアレルギー疾患などを引き起こす過剰な免疫応答が起こらないよう制御する役割をもっているのです。
アレルゲンを感知し、前出のB細胞からIgE抗体が作られると、そのIgE抗体は肥満細胞や好塩基球にくっつきます。肥満細胞はマスト細胞とも呼ばれ、血管の周囲に存在しますが、特に皮膚や皮下組織、肺などには多く見られます。
IgE抗体とくっついた肥満細胞はアレルゲンに反応するとヒスタミンを分泌し、アレルギー性皮膚炎や花粉症などのアレルギーを誘発することが知られています。
アレルギー反応が生じるには誘因となる物質(アレルゲン)の存在があるわけですが、食物アレルギー性皮膚炎のアレルゲンは食べ物であり、ノミアレルギー性皮膚炎の場合はノミ、接触アレルギー性皮膚炎では特定の物質(例:プラスチック、金属、薬品、植物)になります。
アトピー性皮膚炎の場合は、以下のような環境中に存在するものが主なアレルゲンとなります。
アトピー性皮膚炎は軽度~重度までありますが、進行するにつれ、以下のような症状が見られます。
また、アトピー性皮膚炎では症状が出やすい体の部位もあります。
興味深いことに、犬のアトピー性皮膚炎の診断ガイドライン(2015)によると、犬種によって症状が出やすい部位もあるようです(*1, 2)。
犬種 | 症状が出やすい部位 |
---|---|
ダルメシアン | 唇 |
フレンチ・ブルドッグ | まぶた、四肢の関節を曲げた時の内側 |
ジャーマン・シェパード・ドッグ | 肘、後肢、胸部 |
シャーペイ | 胸部、四肢の関節を曲げた時の内側、背腰部録 |
ウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア | 背腰部、唇、四肢の関節を曲げた時の内側 |
ボクサー | 耳 |
(*1) Wilhem S, Kovalik M, Favrot C. Breed-associated phenotypes in canine atopicdermatitis. Vet Dermatol. 2011;22(2):143–149. doi: 10.1111/j.1365-3164.2010.00925.x.
(*2)Hensel P, Santoro D, Favrot C, Hill P, Griffin C. Canine atopic dermatitis: detailed guidelines for diagnosis and allergen identification. BMC Vet Res. 2015 Aug 11;11:196. doi: 10.1186/s12917-015-0515-5. PMID: 26260508; PMCID: PMC4531508. より
なお、アトピー性皮膚炎では同時に外耳炎がある、またはアトピー性皮膚炎とわかるまでの間に外耳炎を繰り返しているケースが珍しくありません。
アトピー性皮膚炎の症状と似ている皮膚疾患は他にもあることから、他の皮膚疾患の可能性を除外しなければなりません。それには主に次のようなものがあります。
A) ノミや疥癬など外部寄生虫の感染ではないか?
B) 膿皮症やマラセチア性皮膚炎など細菌や真菌の感染ではないか?
C) 甲状腺や副腎など内分泌の病気ではないか?
D) 食物アレルギーではないか?
これらを調べる段階で必要に応じ、皮膚の検査や血液検査、場合によっては画像検査などが行われます。
その結果、外部寄生虫や細菌・真菌、他の病気の可能性が除外されたのであれば、食物アレルギーかを確認するための除去食試験(それまでと内容の違うフードを食べさせ、その後に元のフードに戻して皮膚の変化を見る試験)や、アレルギー検査(血清IgE検査やリンパ球反応検査など)を行うことになります。
除去食試験で変化が見られないようであれば食物アレルギーではないということですから、いよいよアトピー性皮膚炎の可能性が高くなります。
アトピー性皮膚炎の治療には複合的な取り組みが必要になります。
基本的には以下の「1」「2」「3」となりますが、状況により「4」「5」「6」が選択肢となることもあります。犬の状況によって治療内容が違ってくることがあるので、詳しくはかかりつけの動物病院でご相談ください。
治療法1
何よりアレルゲンを遠ざけることが大事となります。アレルゲンが特定できており、ダニやカビであるならば掃除をこまめにする、花粉ならば空気清浄機を設置するなど極力アレルゲンを生活環境から排除する努力が必要になります。
治療法2
皮膚の炎症や痒みには状況に応じ、飲み薬や注射、塗り薬などが用いられます。
たとえば、痒みを抑える「抗ヒスタミン剤」や、免疫作用を抑える「免疫抑制剤」、特定の分子(この場合は痒みに関連するサイトカイン)にのみ作用する「分子標的薬(JAK阻害薬)」、サイトカインのバランスを調整する「インターフェロン」、痒みを止める「ステロイド剤」などがあります。
中には副作用のあるものや、ステロイド剤においては投薬を急に中止するのは禁忌とされるといった注意点もあるので、獣医師の指導を守ってください。
治療法3
炎症や痒みによって傷んだ皮膚には乾燥予防、保湿、皮膚バリア機能の向上、二次感染予防などが必要です。
アトピー性皮膚炎がある犬の皮膚は保湿にかかわるセラミドが不足しがちになっているため、保湿をすることで皮膚の乾燥を予防し、バリア機能の向上が期待できます。
また、この病気があると膿皮症やマラセチア性皮膚炎など二次感染を起こしやすいとも言われるので、その予防のためにもスキンケアを行うことが大事となります。
そのためには保湿剤の使用、および週に1回程度のシャンプーが望まれますが、犬の皮膚は人間よりも薄い上に、アトピー性皮膚炎を患っている場合はなお繊細な状態になっているので、使用するシャンプーや保湿剤については獣医師とよく相談してください。
治療法4
アレルゲンが特定できている場合、そのアレルゲンを敢えて犬の体内に少しずつ入れていくことでアレルゲンに慣らし、症状を緩和させる療法のことを減感作療法と言います。
うまく効果が出れば薬の量を減らしたり、症状を抑え込んだりすることも期待できますが、治療には長期間かかることはデメリットとなります。
治療法5
近年、獣医療でも取り入れられるようになった再生医療(幹細胞療法)とは、健康体の犬から脂肪組織を採取し、体外で細胞培養をした後、治療を必要とする犬の体内に投与する療法のことを言います。
それによって自然治癒力や自己修復能力が活性し、主に炎症を抑えることに期待した療法です。投与方法は点滴、もしくは局所に効果を期待する場合は注射となります。
場合によっては血栓塞栓症やアレルギー反応を起こす副作用もありますが、現在は臨床研究の段階で、国内では動物再生医療技術研究組合に属した動物病院のみでしか治療を受けることはできません。
他の治療法がうまくいかなかった時の新たな治療法として期待されており、対象疾患は少しずつ増えていますが、その中にアトピー性皮膚炎も含まれています。
治療法6
上記治療の補助として腸内環境を整える乳酸菌(後述)、抗炎症作用や皮膚の保湿・バリア機能向上の作用があるオメガ3脂肪酸、およびオメガ6脂肪酸などのサプリメントを使用する場合もあります。
いずれにしても、アトピー性皮膚炎の治療は長期に渡ることがあり、根気が必要となります。
もちろん、アトピー性皮膚炎になる犬もいれば、ならない犬もいます。できれば病気は避けたいものですが、アトピー性皮膚炎のリスクがある犬がいるとすれば、次のような点を挙げることができます。
ここでは、「犬種」「環境」「腸内環境」の3つに絞って見てみましょう。
実は、アトピー性皮膚炎は遺伝的素因が関係すると言われており、次のような犬種はアトピー性皮膚炎になりやすい傾向にあるとされます。
これらの犬種の中には生まれつき皮膚のバリア機能が弱い個体がおり、その場合、アレルゲンが皮膚の細胞から侵入しやすくなります。
次に、種々ある研究の中には、犬のアトピー性皮膚炎と環境とをテーマにしたものもあります。
ゴールデン・レトリーバーとラブラドール・レトリーバーを対象にしたある研究では、以下のような結果だったそうです(*3)。犬種が限られているため、他の犬種にも同様のことが言えるのかはわかりませんが、参考にはなるでしょう。
一方、
性別や去勢手術の有無が関係するのかは意外と言えば意外ですが、いずれにしてもこの研究によれば自然に近い環境で育ち、また生活している犬はアトピー性皮膚炎のリスクが軽減されるようです。
補足として、同研究ではラブラドール・レトリーバーにおいて、毛色がチョコレートの犬はブラックやイエローに比べてアトピー性皮膚炎のリスクが高かったことも報告しています。
アトピー性皮膚炎と腸内環境とが関係するのか?と不思議に思う人もいるかもしれませんが、腸は「第二の脳」とも言われ、脳からの指令を受けずとも独自に働く機能を備えています。
それは単に消化や栄養吸収だけにとどまらず、免疫にも関与し、なんと免疫細胞のうち約70%が腸の中に存在すると言われているのです。つまり、腸は体の中でもっとも大きな免疫システムを作動させているわけです。
ご存知のように免疫力の低下はアレルギー疾患を始め、歯周病や感染症、糖尿病、心臓病、ガン、ストレスに至るまで影響を与えます。
そのため、腸内環境バランスが崩れ、悪化すれば、免疫力の低下を招き、アトピー性皮膚炎を始めとした皮膚トラブルを誘発することもあるのです。
ここで前出の「制御性T細胞(Treg)」を思い出してください。実は、Treg細胞は腸内細菌が産生する酪酸(短鎖脂肪酸)によって活性が高まるのです。
炎症やアレルギーを抑える働きをするTreg細胞ですから、腸内環境が良い状態であることがアトピー性皮膚炎に対しても有利であることはおわかりいただけるでしょう。
アトピー性皮膚炎は生後半年~3歳くらいで発症することが多いと言われています。
梅雨時期のように気温・湿度が高くなってくるとカビが発生しやすく、またダニにとっても活動しやすくなるため、それらがアレルゲンである場合、アトピー性皮膚炎が悪化しやすい傾向にあります。
また、アレルゲンが花粉であるなら、花粉が飛ぶ時期には症状が出やすくなります。
アトピー性皮膚炎は遺伝的なアレルギー体質が関係するため、予防は難しいと言わざるを得ません。
しかし、次のようなことは少なからずリスクを軽減できるかもしれません。
アトピー性皮膚炎は痒みが強ければ、そのイライラ感から犬が攻撃的になるケースもあります。当の犬には辛く、また見ている飼い主さんにとっても辛いことでしょう。
少しでも症状を軽減させたいものですが、それには早期に治療を始めることも大切です。愛犬に気になる様子が見られる時には、早めに動物病院へ行くことをお勧めします。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
【参照資料】
*1 Wilhem S, Kovalik M, Favrot C. Breed-associated phenotypes in canine atopicdermatitis. Vet Dermatol. 2011;22(2):143–149. doi: 10.1111/j.1365-3164.2010.00925.x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20887404/
*2 Hensel P, Santoro D, Favrot C, Hill P, Griffin C. Canine atopic dermatitis: detailed guidelines for diagnosis and allergen identification. BMC Vet Res. 2015 Aug 11;11:196. doi: 10.1186/s12917-015-0515-5. PMID: 26260508; PMCID: PMC4531508.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4531508/#CR3 *3 Harvey ND, Shaw SC, Craigon PJ, Blott SC, England GCW. Environmental risk factors for canine atopic dermatitis: a retrospective large-scale study in Labrador and golden retrievers. Vet Dermatol. 2019 Oct;30(5):396-e119. doi: 10.1111/vde.12782. Epub 2019 Aug 13. PMID: 31407839.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31407839/ *4 動物再生医療技術研究組合「飼い主様向け – 再生医療(幹細胞療法)とは」
https://parmcip.jp/owner/
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監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医
獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。