1.なぜ犬は雷や花火、大きな音を怖がるの?
犬が雷を怖がる理由には、初めて聞く大きな音や強く光る雷光を「自分に危険が及ぶ、何か悪いことがおきる(不快刺激)」と感じていることがあげられます。私たちも程度に違いはありますが、「ガラガラガラ」「ドォーン」といった雷の大きな音は苦手ですね。また、突然の爆発音や人の叫び声などが聞こえると、一体何が起こったのかと不安や恐怖を感じることもあります。犬もそれと同様です。「怖い」と思って、その場所から逃げようとする、迫る危険を避けようとすることは当然の行動とも言えます。
音や光を「怖い」と感じる理由として考えられるものとして、もともとそういった性質を持ち合わせていたため(遺伝的なもの)や、社会化期(生後3~12週齢くらいの時期)に音や光といった刺激を受ける経験が十分でなかったことが理由として考えられると思います。
社会化期の経験として大きな音や光だけでなく、例えば飼い主以外の人に触れてもらう、他の犬や猫、違う種類の動物と遊ぶ、車に乗る、といった刺激や経験をすることは、その後の社会生活に順応しやすくなります。また、突然の雷や雷光で怖い思いをした(停電で部屋が真っ暗になった、真っ暗な部屋で大きな音と光が数分間続いた、その時、飼い主さんも恐怖から取り乱してしまい、その様子を間近に見てしまった、など)ということを実際に経験してしまったのかもしれません。
雷や大きな音を怖がる犬の特徴として、ノルウェーで実施された17犬種(5257頭)の騒音感受性の調査を参考に紹介します。
この調査結果では、犬の約23%が騒音を恐れていると報告しています。また、花火での恐怖が最も頻度が高く、大きな音/銃声、雷雨、交通量の多い状況、が続いています。この他、年齢が上がるにつれて恐怖が増す傾向があること、雌犬は雄犬と比較して騒音感受性が高いことも報告されています。
英語のページですがご興味ある方はこちらをご覧ください。
2.怖がる犬が見せる行動
恐怖や不安から犬に生じる行動、体の変化にはどんなものがあるのでしょうか。主なものをあげてみました。
- その場から逃げようとする(ドアや網戸を壊す、暴れる)
- 吠える、吠え続ける
- 震える
- 呼吸が早くなる(ハアハアと息遣いが荒くなる)
- よだれがでる
- うろうろする(落ち着かない様子で)
- 狭いところに隠れようとする
- 嘔吐
- 下痢、血便 など
あなたの愛犬が雷や花火など大きな音に対して怖がる様子を見せる場合は、事前の対策や大きな事故につながらないように備えておくことが大切です。
3.愛犬が雷や大きい音を怖がる時、飼い主さんはどうすれば良いの?
愛犬が雷に怯える、花火の音を怖がる、そんな様子が見せる時、飼い主さんはどうすれば良いのでしょうか。いくつかのシーン、場面別にご紹介します。
- 室内に愛犬の安全な場所を確保する
- ケージを上手に利用する
- 飼い主さん自身がまず落ち着いて。慌てたり騒いだりしないことが大切
- 動物病院に相談する。認定医による行動診療を受診する
- 幼齢の子犬なら、音や刺激に慣れさせる。子犬に社会化を
室内に愛犬の安全な場所を確保する
6~9月は雷が多い時期です。また大きな花火大会や夏祭りなどもこの時期に多く行われます。天気予報などであらかじめ雷が予測される場合や花火大会などが予定されている時は、普段庭など外で飼育している犬も家の中(玄関など)に入れる、部屋の中にも安全で落ち着ける場所(クレートやキャリーケースなど)を用意する、外に逃げ出してしまわないようドアをしっかり閉めておく、などの工夫をしておきます。
ただし、愛犬がケージや用意したスペ-スに十分に慣れていないときは、無理に閉じ込めたりしないように。逆に恐怖が増大してしまいます。
ケージを上手に利用する
いつでもケージの中に入ることのできるよう、扉を開けたまま部屋の中に置いておきます。普段からケージの中にフードを置いて食べさせたり、おやつを置いたりしていると、ケージに入ることの練習にもなります。愛犬が安全な場所、隠れることもできる場所、と覚えさせておくと、色々な使い方もでき用途が広がります。災害時の避難の時や避難所で生活する時もケージに慣れさせておきましょう。大変役に立ちますよ。
飼い主さん自身がまず落ち着いて。慌てたり騒いだりしないことが大切
「雷が怖い!」と思っている飼い主さんもおられると思いますが、慌てたりせずに普段通り、落ち着いて対応しましょう。怯えて震えている愛犬を見ると心配になりますが、落ち着いて普段通りにしていましょう。犬を抱っこしたり、大丈夫だよ、と声をかけたりせずに、そのままにしておきます。
犬が不安から暴れたり粗相をしたりしても、絶対に「ダメッ」と大声で叱ったりしないように。雷や花火の音で不安な気持ちがあるときに飼い主さんに怒られると余計に混乱してしまいます。飼い主さんは「普段通り」に落ち着いて対応することが大切です。
動物病院に相談する。認定医による行動診療を受診する
嘔吐や下痢、血便など症状がひどい時や、パニックになり飼い主を咬む、攻撃するような場合は、速やかにかかりつけの動物病院で相談してください。可能なら専門家(認定医)の行動診療を受診することをおすすめします。
雷や花火の音CDなどで犬に聞かせて慣らす、犬にとって嬉しいことに関連づける、ことを目的に、最初は小さなボリュームから始めて、犬がおとなしくしていたらご褒美のおやつを与える、徐々にボリュームを上げて、同じようにご褒美のおやつを与える、といったことを繰り返し行う方法もあります。
しかし、その犬の性格や年齢、飼育環境の違い、症状などによっても対処は異なります。このような方法に取り組むにしても、飼い主さんだけでは困難です。動物病院で相談し、行動治療のプログラムとして行うことが大切です。行動治療では飼い主さんへのカウンセリングを通じて、その原因を探り、飼育環境の工夫や時には経口薬の投与などで症状の改善をはかります。すぐに状況が改善するわけではありません。飼い主さん自身で根気よく治療を継続する必要があります。
震えて怖がっている愛犬の様子をみることは飼い主もとても辛いことです。「この子は恐がりだから仕方がないわ…」と諦めずに、少しでも状況が改善できるよう、できることからやってみましょう。
○日本獣動物行動研究会では行動医療の認定医を紹介しています。参考にご覧ください。
日本獣医動物行動研究会
日本獣医動物行動研究会(Japanese Veterinary Society of Animal Behavior)は、犬猫を中心とした伴侶動物の問題行動を治療する「行動診療」を発展させ、臨床獣医師や一般の飼い主に動物行動学や問題行動の治療に関しての啓発活動を行うことを目的に、2000年に、行動診療に関心の高い獣医師を中心に発足した研究会です。
2013年より、獣医動物行動学(動物行動学および臨床行動学)に精通し、行動診療を行うために必要な専門知識と技術、十分な診療経験を有している獣医師を、行動診療科認定医として認定する制度を発足させ、2020年までに11名の認定医を認定しています。
幼齢の子犬なら、音や刺激に慣れさせる。子犬に社会化を
子犬の社会化期は、生後1~3ヵ月齢(3~12週齢)の時期で、飼い主以外の他の人や動物、様々な刺激に慣れるのに適しています。大事な社会化期に家の中で、飼い主さん以外の人や他の犬、猫など他の動物にも会わずにいると、外の世界が怖い物ばかりになってしまいます。
この社会の中で人と長く生きていくためには、この時期に色々な経験をつんでおくことが大切です。パピークラス(子犬の社会化を目的に子犬同士を遊ばせたり、飼い主さんへの指導を行ったりする飼い主さんを対象の飼い方教室)を開催している動物病院や施設があれば、ぜひ利用してください。飼い主さん以外の人にもできるだけ会う機会を作り、撫でてもらう、おやつを与えてもらうなどして、飼い主以外の人も「怖くないよ」と覚えてもらいましょう。“音”についても雷や花火の音だけでなく、車や電車の音、工事現場の音、電車や飛行機、自動車やオートバイ、クラクションなど、子犬の時期に慣れさせておき、「大きな音が聞こえても平気だよ、大丈夫だよ」と教えてあげましょう。
現在、新型コロナウイルス感染症の感染予防対策のため、パピークラスも、開催方法や回数の変更、参加者の制限などを行っているところがあります。また、犬連れでの外出や散歩時に、他の人や犬に会う機会、犬同士で一緒に遊ぶ機会なども減っているようです。コロナ禍のために、大切な子犬の時期の社会化が損なわれることのないように、かかりつけの動物病院で相談し、家庭内でもできる方法で工夫するようお願いします。
<他にも気をつけておきたいこと>
○散歩中に雷に遭遇してしまい、逃げ出そうとして首輪が抜けたり、リードが切れたりしないよう、時々チェックをしておきましょう。
○万一、迷子になっても、戻ってこられるようにマイクロチップや迷子札、鑑札の装着を。「うちのワンちゃんは大丈夫」と思っていても、万一の事態に備えてマイクロチップなど個体識別標識を装着しておくようにしましょう。
○花火大会の開催日をあらかじめ調べておきましょう 開催日をあらかじめ調べておき、その時は家の中に入れて、できるだけ音が聞こえないように窓を閉めておく、カーテンを閉めるなどの工夫をしておきましょう。もちろん、花火大会に犬連れで行くことは厳禁です。花火の音に驚いて、逃げ出してしまい、迷子になる犬が増えることから、注意を促す自治体もあります。
(雷・花火の音にご注意/福島県のホームページより)
5.最後に
あなたの愛犬が、雷や花火の音を怖がるようであれば、飼い主さん自身が飼育環境の整備や工夫で、少しでもその恐怖を取り除くようにしてあげてください。
雷や花火の音からできるだけ遠ざけることも必要です。まだ子犬の時期であるなら、様々な音にも慣れさせておくなど、社会化期のうちに色々な経験をさせるようにしましょう。パピークラス、しつけ教室の利用なども含め、雷や花火のシーズン(6~9月頃)が来る前に、準備と対策をお願いします。
雷や花火の音による恐怖から、飼い主さん自身を咬んでしまうような危害が及ぶ場合や、犬自身に危険が生じる可能性がある場合は、すぐに動物病院で相談してください。
現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策のため、人の医療機関、動物病院、ペットショップ、しつけ教室などを行っている施設も、入場の制限などの対応をしています。必ず事前に問い合わせをして、感染予防には十分に注意し、利用するようにしてください。
監修
獣医師 武内ゆかり
東京大学大学院農学生命科学研究科
獣医動物行動学研究室教授
日本獣医動物行動研究会(http://vbm.jp)
会長
専門は獣医動物行動学、臨床行動学。
1996 年博士(獣医学)号(東京大学)を取得。
米国にて臨床行動学を学んだ後、2001 年より東京大学動物医療センターにて行動診療科を主宰。