老犬の介護「散歩」「運動」「遊び」:老犬にも“ちょっとした”運動や遊びは必要、その理由や気をつけたいポイント
老犬になっても大切なのが「散歩」や「運動」、「遊び」です。とは言っても、若い頃とは違い、体力のない老犬では、ほんの少し体を動かすだけでいいのです。それが筋肉や関節の動きを維持し、精神的な刺激にもなって老犬のQOL向上につながります。この記事では、老犬にも運動が必要な理由や、「散歩」「運動」「遊び」について気をつけたいポイントをお伝えします。
老犬になっても大切なのが「散歩」や「運動」、「遊び」です。とは言っても、若い頃とは違い、体力のない老犬では、ほんの少し体を動かすだけでいいのです。それが筋肉や関節の動きを維持し、精神的な刺激にもなって老犬のQOL向上につながります。この記事では、老犬にも運動が必要な理由や、「散歩」「運動」「遊び」について気をつけたいポイントをお伝えします。
目次
寝ることを好み、動くのもおぼつかなくなった愛犬を見て、もう散歩や運動はしなくていいのでは?と思うかもしれませんが、そうとは言えません。
もし、老犬が散歩や運動、遊びなど体を動かさなくなったなら…。その結果は、次のような弊害が懸念されます。(注:散歩・運動・遊び=老犬では軽く体を動かす程度を指します)
筋肉には、①身体を動かす、②姿勢を保持する、③心臓や内臓、血管などを動かす、
④体内の熱を発生させ、体温を維持する、⑤免疫力の向上、⑥水分の貯蔵、⑦生理活性物質の分泌などの働きがあります。
老犬では関節炎のある犬が多くいますが、可動域が狭くなれば、それだけ歩行や行動にも支障が出てきます。その関節を支えるのが筋肉であり、両者がタッグを組むことで関節がスムーズに動くようになっているのです。
肉体的、精神的な適度の刺激は脳を活性化し、認知機能低下リスクを軽減すると考えられています。
運動不足や、うまく体が動かせないなど犬にとってはストレスになることでしょう。ストレスが必要以上にたまれば、イライラ、不眠、吠え・破壊といった行動の問題などにつながることがあります。
特に認知症がある犬においては、気温差や体の痛み、空腹や喉の渇き、体や排泄の自由がきかない、うまく眠れないなどはストレスになりやすく、それが認知症の症状を悪化させることもあるといいます(*1)。
以上のことからもわかるように、老犬でも犬の状況に応じ、無理のない範囲で軽い散歩や運動、遊びは必要になります。敢えてその理由を挙げるとすれば、以下のとおりです。
1. 筋肉の維持
2. 関節の可動維持
3. 筋肉をつくることで心臓や呼吸器系などの健康維持に
4. 筋肉をつくることで体温調節機能の維持に
1. 認知症リスクの軽減
2. ストレス発散
3. 欲求が満たされることによる気持ちの安定
4. 家族や他の犬などとのコミュニケーション
余談として、これは人間でのことですが、心理学者ドナルド・ヘッブ(Donald Hebb)が何もストレスがない環境で人間はどうなるか?と実験したところ、注意力や思考力が散漫となった結果、暗示にかかりやすくなったのに加え、体温調節機能が低下したそうです。
ストレスを「刺激」と置き換えれば、ストレスにも良いものと悪いものがあり、生きていくにはある程度の“良い刺激”が必要であることがわかります。
これが犬にも通用するかはわかりませんが、少なくとも人間同様、適度の“良い刺激”は必要であろうことが想像できるのではないでしょうか。
では、老犬ではどのように散歩や運動、遊びをしたらいいのでしょうか? ここでは「散歩」「運動」と「遊び」とを分けて考えてみたいと思います。
補助をしなくとも、まだ自立歩行ができる老犬では介護予防を兼ねて次のようなことに気をつけつつ散歩や運動をするといいでしょう。
外に出ることは匂いや音、風、足裏の感触、見る物、他の犬など刺激に溢れ、脳を活性化させてくれます。時々散歩コースを変えてみるのもおすすめですが、同じコースであるほうが落ち着く犬の場合は無理をさせませんように。
歩く時には愛犬のスピードに合わせるようにし、多少ふらつきのある犬ではいつでも支えられるように首輪よりハーネスを使用するのがいいでしょう。
散歩の途中に階段(段差が低く、奥行きのあるもの)があるならば、ゆっくり上り下りしたり、緩い坂道をジグザグに上り下りしたりするのも運動になります。
散歩に出られない時など、自宅で軽い運動をすることも可能です。以下のようなものは体に軽い負荷をかけ、筋肉維持につながるのでトライしてみてはいかがでしょうか。
1. 「スワレ」「フセ」を数回繰り返す ⇒ 前肢の筋肉維持に
2. 「スワレ」「立って」を数回繰り返す ⇒ 後肢の筋肉維持に
3. スラロームのように障害物を縦に一列にして並べ、その間をジグザグにゆっくり歩く
4. タオルやバスタオルを丸め、その上を跨ぐ
5. 犬用のバランスディスクを使用する
犬では後肢から弱り始めることが多いので、特に「2」「4」「5」などはおすすめです。
歩行に補助が必要な老犬の場合は、散歩や運動と言うよりも、リハビリの要素が濃くなりますが、それでも少しでも楽しめるようにしてあげたいものです。
気をつけるポイントは上記の「自立歩行ができる老犬の場合」と基本的に共通していますが、加えて以下のようなことにも気をつけましょう。
歩行補助具は一つのものがすべての犬に合うとはかぎりませんので、最初のうちはいくつか試してみるといいでしょう。
歩く時は愛犬の足の運びに合わせ、間違ってもせかしたりしませんように。この時、あまり体を吊り上げ過ぎるとお腹や前肢に負担がかかってしまうので、吊り上げる度合は加減してください。
また、老犬の状態にもよりますが、時々はカートや車に乗せて愛犬のお気に入りの場所へ行くのもおすすめです。大好きな場所であれば気分が変わっていつも以上に歩くことがあり、精神的な刺激にもなります。
注意点として、特に特発性老犬性前庭症候群のような病気で首が曲がった犬は、ただでさえ足腰が弱っている上に体のバランスがとりにくく、ちょっとした傾斜でも転びやすいため、愛犬に体を寄せて倒れないよう配慮しましょう。
老犬は加齢するごとに口先が地面につくほど首がうな垂れてしまうこともあります。四つ足歩行の犬にとって首は体を支える大事な部位の一つ。少しでも首の筋肉を維持するために次のような簡単な運動をしてみるのもいいでしょう。
1. 愛犬の好物や好きなおもちゃを手に持ち、なるべく首を動かすように移動させながら目で追わせる(首に問題のある犬を除く)
そして、足腰が立たずとも、意識のはっきりした老犬では、やはり「動きたい」「歩きたい」という気持ちは強いはずです。
補助をして愛犬を歩かせるのは飼い主さんにも負荷がかかり、なかなかたいへんかと思いますが、早くに車椅子を取り入れることでリハビリとなり、元通りとは言わずとも脚力が戻ったケースはあるので、愛犬の状況によっては車椅子の利用も選択肢になるでしょう。希望の場合は、動物病院でご相談ください。
寝たきりの老犬では体を動かさず、ずっと同じ姿勢でい続けると、筋力低下や関節の拘縮(こうしゅく/筋肉が萎縮し、関節が固まって動かしにくくなること)、褥瘡(じょくそう/床ずれ)などの問題が出てくるため、無理のない範囲で体位変換やリハビリ、マッサージなどを行い、少しでも体を動かすようにしましょう。
寝たきりの老犬でも時々外に連れ出すことは気分転換や日光浴になり、心身に良い刺激を与えてくれます。
日光浴には、
1. メラトニン(脳の松果体から分泌されるホルモン)の分泌を促し、睡眠リズム(概日リズム/サーカディアンリズム)の調整に作用する
2. セロトニン(神経伝達物質の一つで幸せホルモンとも言われる)の分泌を促し、精神の安定や幸福感、睡眠に作用する
などの働きがあると考えられています。
睡眠ホルモンとも言われるメラトニンは光がある環境では分泌が抑制され、夜間や暗い場所では分泌量が増します。このことから、夜間に眠るには午前中に日光浴をするのが良いとされます。
また、セロトニンはメラトニンの原料となり、睡眠には欠かせないホルモンです。
老犬ではうまく眠れないというケースは珍しくありませんし、認知症のある犬では昼夜逆転や夜鳴きの問題が出ることもあるので、積極的に日光浴をさせるのもいいかもしれません。とは言っても外出は少なからず老犬には負担がかかるため、愛犬の体調を見ながらご判断ください。
寝たきりの老犬では運動は無理ですが、少しでも血行を良くし、床ずれや拘縮を予防するために次のようなリハビリやマッサージをするといいでしょう。
1. 一日のうちで1~2回であってもなるべく犬が起きている姿に近い姿勢をとらせる
2. 四肢を軽く屈伸させる
3. 足の指を一本ずつ軽くぐるぐる回したり、指を優しく引っ張ったりする
4. 後頭部から腰にかけて背筋を手の平で優しく撫でる
5. 肩から前肢の先、腰から後肢の先にかけて手の平で優しく撫でる。または、指先で小さな円を描きながら撫でる
ただし、体に痛みがある、または首や関節、腰などに問題にある場合は動物病院でご相談ください。
次に、老犬でもできる遊びについて。以下のような簡単な遊びは老犬にもおすすめです。
1. どれに入っている?
片方の手の中に愛犬の好物を入れて、どちらに入っているか当てさせる。または、2~3個の紙コップを用意し、そのうちの一つに好物を入れて当てさせる。徐々にコップの数を増やして難易度を上げるのも良い。
2. 宝物探し
おもちゃやおやつ、またはおやつを入れられるおもちゃなどを隠し、愛犬に探させるゲーム。その他、おやつを隠せる犬用の知育玩具を利用しても良い(下記商品紹介欄を参照)。
匂いは鼻の中の天井部分にある嗅上皮に存在する嗅細胞を通し、その情報が脳の中の嗅球から前頭皮質へと伝えられて“匂い”として感知します。つまり、匂いは脳を刺激するわけです。
また、犬の五感のうち嗅覚は最後まで残ると言われるほど犬にとって生きていくのに欠かせない主要な感覚であり、嗅覚を駆使することは犬がもつ動物としての欲求を満たすこともできます。
加えて、嗅覚を通した脳への刺激は意外に疲れることがあるため、睡眠に問題のある老犬では眠りを誘うこともできるかもしれません。原理としてはとても簡単ですが、老犬の心身に刺激を与えてくれるこのようなゲームを生活の中に取り入れてみてはいかがでしょう。
犬の時間は速く過ぎ、元気盛りの頃が懐かしく思い出されるのがシニア期です。寂しくもあり、また、介護ともなればたいへんなこともあるでしょう。
しかし、愛犬の介護ができるのは、それだけ長く一緒にいられたということでもあり、幸せなことなのではないでしょうか。
愛犬からもらったものはたくさんあるはずです。それを一つ一つ思い出しながら、どうぞ老犬となったご愛犬とより良い日々を一日でも長くお過ごしください。無理のない適度な散歩や運動は、きっとそれを手助けしてくれることでしょう。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
【参照資料】
*1 小澤真希子「犬と猫の高齢性認知機能不全」(動物臨床医学29(3)101-107,2020)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dobutsurinshoigaku/29/3/29_101/_pdf/-char/ja
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監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医 獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。