老犬の介護「移動」:安全と身体機能の補助・維持のための「移動」、そのキーポイントは?
歩行がおぼつかない老犬や、介助・介護が必要になった老犬にとっての「移動」には、「安全のため」「足りない機能の補助」「身体機能の維持」「心身の健康のため」などの意味合いを含みます。日常的に欠かせない「移動」に関して、シチュエーション別にキーポイントを見てみましょう。
歩行がおぼつかない老犬や、介助・介護が必要になった老犬にとっての「移動」には、「安全のため」「足りない機能の補助」「身体機能の維持」「心身の健康のため」などの意味合いを含みます。日常的に欠かせない「移動」に関して、シチュエーション別にキーポイントを見てみましょう。
目次
老犬の「移動」をより安全に、そして足腰への負担を少しでも軽減するためには環境改善も必要になります。
滑りやすい床は足腰に負担をかけます。若い頃は大丈夫であっても加齢するごとにその負担が積み重なり、中年期~老年期になって症状が出ることがあるので、無視できない課題です。
室内飼育の場合、本来は子犬の頃から滑り止め対策を施した床での生活が推奨されますが、それがなされていないのであれば、すぐにでも床に滑り止めマットを敷く、犬用の滑り止めコーティング剤を塗るなどの対策をしましょう。
特に老犬では関節疾患を患っている犬が多く、滑ることで症状が悪化する他、ケガをしたり、うまく歩けずにストレスを感じたりすることがあるので注意が必要です。
歩行がおぼつかなくなった老犬や認知機能の低下が見られる老犬では転倒や落下、徘徊に配慮しなければなりません。
階段の下り口や上がり口、玄関、ベランダ、台所などにはケガ防止対策としてゲートを設置するといいでしょう。併せて、テーブルやタンスなど犬が倒れてケガをしそうな家具の前にはクッション材を置くことをおすすめします。
犬も加齢するにしたがって筋力や関節が弱り、階段やソファの上り下り、車の乗り降りなどに支障が出てきます。これまでは楽に上がれていたソファに上がれず、苦労している愛犬の姿を見るのは寂しいものですが、おそらく、愛犬の老化をもっとも実感するのはこのような瞬間ではないでしょうか。
これからは足腰への負担を考慮しなければなりません。特にソファに上がるのが好きな犬や、玄関の上がり口に高さのあるお宅、車の乗り降りなど段差のある場所にはステップやスロープを設置するといいでしょう。
もとより関節や背中に懸念のある犬では、運動器疾患の予防として若い頃からこのようなステップやスロープの利用が推奨されます。
ここからは歩行を補助するグッズ類についてのお話です。
四つ足歩行の犬では後肢から弱ることが多いですが、徐々に歩行が困難になるケースもあれば、ある日突然に立てなくなるケースもあります。
つまり、介護生活はいつ始まるかはわからないのです。そのために歩行補助具についての情報はある程度得ておきましょう。
足腰が弱った老犬の歩行をサポートするグッズには歩行補助ハーネス、歩行補助バンド、歩行補助服、介護ハーネスなどいくつかの呼び方がありますが、立ち上がりや歩行を補助するという使用目的は同じです。
老犬の介護が注目され始めた20年以上前に比べると、現在ではいろいろなタイプのものが出回るようになりました。それらは大きく以下のように分けることができます。
歩行補助ハーネス/歩行補助服の種類と特徴
タイプ | 特徴 |
---|---|
洋服タイプ | 脚を通して着せるタイプで、通常背開きになっており、背中に持ち手が1~2ヶ所付いている。中には持ち手が着脱できるものや、前肢サポート、後肢サポートと位置を変えることができるものもある。 |
胴輪タイプ | 幅広の胴輪状となっており、腹部を吊り上げるシンプルな作り。 |
胴輪+チェストホルダー | 胴輪状の補助具がより体にフィットするよう胸または首にかけてホルダーが付いているタイプで、簡易的な胴輪タイプに比べて安定性がある。 |
ベストタイプ | 前肢を通して着せるタイプで、前肢を中心に補助をすることで歩行をコントロールする。 |
パンツタイプ | 後肢に装着するタイプで、後肢の補助に使用。パンツ型の他、輪っか状の補助具を後肢の付け根に装着するものもある。中には前肢・後肢ともに使用できる作りのものもある。 |
セパレートタイプ | 洋服タイプとは違い、ベスト部分とパンツ部分が分かれており、それがセットになっているもの。それぞれに持ち手が付いている。 |
ただ、老犬の状況はそれぞれであり、これらがすべての犬に合うとは限りません。そのため、選ぶ時には次のようなことを考慮するといいでしょう。
老犬ではほんの少しサイズが合わないだけで補助具がずれたり、体に負担がかかったりすることがあるので、極力サイズの合ったものをチョイスしましょう。
老犬の状況は日々変化します。加えて、市販品は部分的に微妙に合わないこともあるので、胴周りや脚周り、持ち手の長さなど微調整できるものが理想的です。
愛犬の歩き方や筋力、体形などを考慮し、主に後肢を補助すればいいのか、体全体を吊し上げたほうがいいのか、前半身を補助したほうがコントロールしやすいのか判断しましょう。
たとえば、胴が長い犬で前肢も後肢も弱っているなら、幅の狭い胴輪タイプではコントロールしづらい上に当の犬にとっては負担が大きくなります。どんなタイプがいいのか見極めるには、何より愛犬の状況を把握しておくことが大切です。
犬の体に接触する部分はすれたり蒸れたりしないか、材質もチェックを。特に前肢や後肢の付け根が輪っか状になっている場合、吊り上げた時にくいこまないよう負担の少ない材質や作りか確認しましょう。
排尿排便がしやすい作りになっているか確認を。
毎日使っていれば汚れもします。汚れにくく、洗濯がしやすい素材かも確認したいものです。
装着に手間取るようでは普段使いに向きません。装着のしやすさにも着目しましょう。
愛犬にフィットするかは第一ですが、飼い主さんの使い勝手も大事です。持ち手の長さを調節できるのはもちろんとして、大型犬であればより支えやすいよう、たすき掛けにできる持ち手が付いていると便利です。
移動中、ナックリング(足の甲を引きずってしまう歩き方)する犬では、ケガ予防に靴を履かせる方法もあります。ただし、急に靴を履かせると犬が嫌がることがあるので、少しずつ慣らすようにしましょう。
老犬の歩行に支障が出てくると車椅子の使用を考える飼い主さんも多いのではないでしょうか。
車椅子は最終手段のイメージがあるかもしれませんが、犬の状況によっては早めに取り入れることで歩行に安定性をもたせることができたり、リハビリ効果によって元どおりとは言わずとも脚力が少し戻ったりする例もあるので、使用を開始するタイミングも大事となるでしょう。
いずれにしても車椅子の使用を考える場合は、
①オーダーメイド
②既製品を購入
③オーダーメイドまたは既製品をレンタル
などの入手方法があるので、まずは動物病院でご相談ください。愛犬に適した車椅子を提案してくれるはずです。
車椅子の種類と特徴
タイプ | 特徴 |
---|---|
2輪タイプ | 後部にタイヤが2つある一般的なタイプで、後肢は弱っていても前肢はしっかりしている犬に向く。 |
3輪タイプ | 前部にはタイヤが2つ、後部には1つで、4輪に比べて左右の動きがしやすく小回りもききやすい。前肢も弱ってきている犬に向く。 |
4輪タイプ | 前部と後部にタイヤが2輪ずつあり、その分、安定性がある。車椅子と言うより歩行器のイメージで、老犬では4輪タイプが使われることが多い。前肢後肢ともに弱っている犬に向く。 |
6輪タイプ | オーダーメイドまたはカスタマイズできる車椅子の中には、犬の体形や状況により、6輪に対応するものもある。4輪同様、前肢後肢ともに弱っている犬向き。 |
では、車椅子を取り入れるタイミングですが、次のような状況では車椅子を考える時と言っていいでしょう。
車椅子の種類と特徴
次に、車椅子を選ぶ際に考慮したい点について。
犬のサイズにもよりますが、1万円台~20万円を超すものまで値段には幅があるので、どこまで出せるか検討を。
飼い主さんは2輪タイプを考えていても獣医師や車椅子製作者の目からは4輪タイプのほうが向くという場合もあるので、相談や問い合わせをお勧めします。
歩行補助ハーネス同様、サイズが少しでも合わないと不具合が出ますし、老犬の状況は変化していくため、微調整ができるのはもちろん、将来的にカスタマイズができる車椅子は有利です。
たとえば、タイヤは平行にセットされているものと、「ハの字」型になっているものがありますが、「ハの字」型はターンに有利で転倒しにくいと言われます。
また、後肢を動かせない犬では足先を引きずって傷ついてしまうことがあるので、後肢が地面につかないようにするホルダーが必要になります。
同様に、自分の体を支えるのが難しい老犬では、体を支えるホルダーが必要ですし、首が下に垂れてしまう老犬の場合は、顎乗せクッションも必要です。
その他、犬が方向をコントロールしづらいのであれば、飼い主さんが車椅子の動きを補助するための押し手やリードフックが付いているものがいいでしょう。
足腰が弱った老犬に重た過ぎる車椅子では酷です。車椅子本体の材質は軽量アルミやスチールが一般的ですが、軽量かつ強度があり、軽い力でも動くものが理想的です。
サイズ感はもちろん、当の愛犬が車椅子に乗れるか実際に確かめることができるのが一番です。そのためには、試乗の他、費用を惜しまないのであれば短い期間レンタルしてみるのも一つの方法です。
その他、車椅子の使用も無理な犬の場合は、日光浴を兼ねた散歩や動物病院への通院など出かける時にカートやキャリーバッグを利用することができます。
特に大型犬の移動はたいへんになりますが、中には荷物を運ぶための台車を代用している飼い主さんもいます。
いずれであっても動けない老犬が体を飼い主さんに預けるわけですから、何より安定性、次いで通気性は大事となるでしょう。
老犬の「移動」をテーマに考えた時、認知症の一症状である徘徊もこのカテゴリーに入るかもしれません。
愛犬が徘徊するごとに飼い主さんが付き合っていられるならいいですが、毎回では飼い主さんの負担も増してしまいます。少しの間、手を離したい時、先輩飼い主さんたちはどんな工夫をしているのか見てみましょう。
いずれの場合でも認知症のある老犬は体が疲れ切ってもなお歩き続けることがあるので、適当なところで休ませるようにしてください。
さて最後に、愛犬が老犬となっても一緒にどこかへ行ってみたいと考える飼い主さんもいるかもしれません。
実際、最後の思い出にと、寝たきりになった愛犬を連れ、一緒に行った懐かしい場所を訪れる飼い主さんもいます。もっとも、愛犬の体調はもちろん、いつでも戻れる程度の距離、気温、人出など諸々のことを考えた上でのことですが。
まだ元気な老犬であっても無理をさせないことが大前提で、くれぐれも飼い主さんの自己満足にならないよう熟考してください。犬はどこかに行きたいと思うわけではなく、ただただ飼い主さんのそばにいたいだけなのですから。
このように一口に「老犬の移動」と言っても、いろいろなシチュエーションがあります。やんちゃだった子犬時代は遠く過ぎ、今目の前にいるのは年老いた愛犬。犬は年を重ねるごとに可愛く、愛しくなるものです。老犬の介護生活には何かと苦しいことや辛いこともつきまといますが、愛犬への愛しさがそれを遥かに超えますようにと願います。そうした中からオリジナルの介護の仕方が生まれることもあるでしょう。
(文:犬もの文筆家&ドッグライター 大塚 良重)
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監修いただいたのは…
2018年 日本獣医生命科学大学獣医学部卒業
成城こばやし動物病院 勤務医 獣医師 高柳 かれん先生
数年前の「ペットブーム」を経て、現在ペットはブームではなく「大切な家族」として私たちに安らぎを与える存在となっています。また新型コロナウィルスにより在宅する人が増えた今、新しくペットを迎え入れている家庭も多いように思います。
その一方で臨床の場に立っていると、ペットの扱い方や育て方、病気への知識不足が目立つように思います。言葉を話せないペットたちにとって1番近くにいる「家族の問診」はとても大切で、そこから病気を防ぐことや、早期発見できることも多くあるのです。
このような動物に関する基礎知識を、できるだけ多くの方にお届けするのが私の使命だと考え、様々な活動を通じてわかりやすく実践しやすい情報をお伝えしていけたらと思っています。