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獣医師さんのひとくちコラム 「FIV陽性」の話

獣医師のひとくちコラム

 FeLV&FIV検査キットというのはELISAという手法を用いた検査で抗原と抗体が反応することを利用している。もともと、FeLVはウイルスが体内に侵入しても免疫(抗体)はなかなか立ち上がらず、ウイルスが血液中を循環しているため、この検査キットではFeLV抗原つまりウイルスそのものを検出している。
 一方、FIVはウイルスが体内に侵入すると免疫(抗体)が作られ血液中のウイルスは極端に減少する。しかししぶとく生き残ったウイルスが最後には免疫系を破壊し抗体を作らせなくすることで最期のステージに移行するという経過を辿るため、爆発的にウイルスが増殖する末期を迎えるまでの期間にFIVに感染していることを知るためには抗体の存在を検出する必要がある。  
 2つの病気のこんな経過のちがいから、FeLVでは抗原を検出し、FIVでは抗体を検出している。そのために厄介な事態が、時におきることもあるのだ。
 犬も猫も、移行抗体といって生まれてきたときにはじめて飲む初乳を通して母親から免疫(つまり抗体)を譲り受ける。新生児の時期に病気をもらわないための自然の防御システムなのだが、この移行抗体は通常犬猫では18週齢くらいまでには失われてしまう。
 母猫がFIVに感染していた場合、子猫にFIVの抗体が移行し、検査をした場合に陽性という結果が出てしまうことがある。子猫がFIVに感染していなくてもなのだ。母猫がFIV陽性であっても、赤ちゃんが体内で感染することは無い。生まれてくる際に産道で感染を受けることはある。つまり、まれに感染していない子猫で陽性という結果が出ることがあるということになる。
 FIVの移行抗体が完全に消失し結果が陰転するのに要する期間はさらに8週間。この事態にシロクロをつけるためには、18週+8週=26週齢の時点での再検査をすればよいことになる。その間のお母さんの心配は察して余りあるのだが、どうしてあげることもできない。

 「FIVは感染しても環境さえ良ければ生涯、最終ステージに移行しないこともあります。つまり寿命を全うできることもあるということです。さらに、タマちゃんは感染しているとはっきりしたわけでもありません。どうか力を落とさないでください。」

 必死の思いでお母さんの気持ちを支えようとしているのが伝わったのか、
 「先生、だいじょうぶです。わたし、タマが感染しているとしても一生面倒を見てあげようと思います。」と、キッパリ。

「そうですか。6ヵ月になったときに陰転していることを祈りたいですね。」
 そう話しながら、お母さんの優しさと強さに頭が下がる。

 さらに、
 「今この子のためにしてあげることは無いのですか?」との質問。

 「FIVに感染しているとしてもワクチン接種がそれを悪化させる可能性は極めて少ないでしょう。それよりもヘルペス、カリシ、パルボに感染してしまうことのほうが恐いでしょうから」
という説明を了解していただき、3種混合ワクチンの1回目を接種したのだった。

 お母さんのこの強さはきっと陰転という果報をもたらしてくれるに違いないと願いつつ、ワクチンを注射されてもそ知らぬ顔で、カルテを書くボールペンにじゃれついて来るタマちゃんに、
 「いい人がお母さんになってくれたね。長生きしようね。」
 そう語りかけずにはいられなかった。

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