VOL.8 埼玉県動物指導センター 編
ボランティアさんとの協力体制がキーワード!
「できる人ができることを」-。
ボランティアさんと歩む保護活動で、「更なる一歩を目指す」施設
1973年に開設された埼玉県熊谷市に位置する「埼玉県動物指導センター」。
当センターは2006年、認定譲渡団体への犬・猫の譲渡を開始し、2008年3月に「10年間で殺処分数半減」という目標を掲示しました。
結果、認定譲渡団体さんの積極的な協力もあって、その目標は6年前倒しで早くも達成!
しかし、「命を救う」保護ボランティアさんの数は無限ではなく、「命の受け皿」を広げることは限界があります。
目指すは更なる一歩、「捨てられる命」を減らすこと。
「ペットの問題は、ペットだけを見ていても解決しません。そこには飼い主さんの存在が必ずあるからです」
そう語るのは、当センターでボランティア活動をする動物看護師さん。
動物のプロが、保護施設でボランティアとして活動する意味とは―?
「人と動物の幸せ」のために更なる一歩を目指す、当センター職員さんとボランティアさんの新たな取り組みをご紹介します。
「 埼玉県動物指導センター」のここがポイント
動物好きだけではない、動物のプロフェッショナルだからできるボランティア活動
広さ8230平米の埼玉県動物指導センターの敷地内に、2011年オープンした「ふれあい譲渡館」。
ここでは、手入れをされた犬や猫たちが、新しい飼い主さんを待っています。
この館内のトリミング室でひときわ目を引くのは、ボランティアさんにシャンプーをしてもらっている生後3カ月ほどの子ねこの姿。
シャンプーボランティアさんの姿は日本全国の動物愛護センターでよく見かけられますが、子ねこをシャンプーする姿はあまり見かけません。
「子ねこのシャンプーをするようになったのは、ここ一年ほど前からです。それまでは、センター職員が譲渡犬のシャンプーをしていたのですが、子ねこのシャンプーが行われるようになったのは、彼女らが来てくださるようになってからですね」
そう語るのは、当センターの次長で獣医師の川崎貴子(※)さん。
実は川崎(※)さんが語る「彼女ら」とは、動物支援ナース(動物災害支援団体)のメンバーで、認定動物看護師という動物のプロフェッショナルのボランティアさんのことです。
彼女らは民間の動物病院で働く動物看護師であったり、動物訪問介護をして日ごろ臨床を行っているため、ケアに関する知識や健康に関する診断はセンターの職員さん以上の経験を持っています。これは、センターにとって非常に大きな助っ人です。
「こういった施設に来てくださるボランティアさんは、動物が好きで、一頭でも多くの命を幸せにしたいと思う人たちばかり。でも、動物を扱うには、人獣共通感染症や咬傷事故などの問題もあります。そういった意味で、知識も経験も豊富な動物看護師さんは、安心して動物たちを任せることができる大変頼りになる存在です。ここでの子ねこのシャンプーも彼女らの希望で開始しました」と川崎(※)さん。
猫は自身で毛づくろいをするから、シャンプーは不要かと思いきや、そうではないらしい。
この施設も他のセンター同様、子ねこの収容数が多く、そのほとんどが野良猫の子ども。そのため、収容当時、猫の体には大量のノミ糞(ノミの糞)がついていて、そのままの状態で、猫自身の毛づくろいに任せていると「匂い」の元となり、唾液が体につくと、ハウスダストの原因にもなると言うのです。
健康状態をベストに保ち、飼い主さんのもとへ送り出すには、まず体を清潔にすることが大切です。だからといって、入ってきた犬や猫を次から次へとシャンプーすればいいというものではありません。
動物看護師のボランティアさんは、センターにくると、職員さんからの聞き取りも含め、トリミングを行う犬や猫の申し送り表とカルテに目を通して健康状態をチェック。健康に問題がないと判断できれば、次いで性格や個々の行動チェックも行います。
「これは、犬や猫のストレスをできるだけ軽減するためと、トリミングルームを有効に使うため。2,3頭の犬や猫をトリミングルームに同時に入れても、互いがストレスや問題行動もなくシャンプーができるかどうか確認するためです」とボランティアさん。
その日、同じ部屋でシャンプーをされていたのは生後3か月ほどのサビ猫とミックスの中型犬。犬も子ねこも互いを警戒する様子もないまま、それぞれ、ボランティアさん二人体制(4人)で、手際よく仕上げていきます。
シャンプーの最中も、子ねこが嫌がる様子はまるでありません。
シャンプー後のドライヤーが気持ちいいのか、ウトウトと眠りだすほど。
ふわふわの毛に仕上がった子ねこは誰もが抱きしめたくなるような姿となって、猫のプレイルームに離され、キャットタワーに飛び乗って遊んでいます。
「私たちがここに来るのは、一か月に一度なので、次回来た時にシャンプーした子たちに会うことはあまりありません。翌月のボランティアの日までには、飼い主さんが決定してセンターからは卒業しているか、保護団体さんが引き出し、里親探しを続けています。」
健康状態もきちんと管理され、ピカピカになった犬や猫たちは、すぐに新しい飼い主さんを見つけることができます。
新たな動物看護師ボランティアチームの協力で、当センター職員さんも自分たちの仕事に専念でき、救える命の「受け皿」はさらに広がっていきます。
※「川崎さん」の「崎」の字は、正しくは「山」へんに「竒」です。WEBページでは表示できない文字のため、「崎」で代用しています
▲ ケアされた保護猫を見る事ができる「ふれあい譲渡館」
▲ 猫のふれあい譲渡館にいる保護猫
「埼玉県動物指導センター」のボランティアさんに聞きました
毎月第三火曜日に当センターにトリミングボランティアとして参加している鴻江華果さん。
鴻江さんは、動物看護師として動物病院で働きながら、自身も動物のトリミングサロンを営んでいます。
鴻江さんが仕事を精力的にこなしながら、行き場のない命のためにボランティアをしているのには明確な理由があると言います。
「犬や猫が好きで、学生の時、捨て犬や猫の保護活動に興味を持ち、動物看護師の道を選びました。ところがいざ動物看護師として働き始めると、日々の業務に追われ、若いころ抱いていた保護活動へ思いが至らなくなってしまった・・・。保護活動は、あくまでもボランティア。どうしても、生活の糧となる仕事が優先となります。
▲ 動物看護師の鴻江さん
そして、実際に病院で働き始め、臨床を経験し、知識も豊富になってくると、ここは人獣共通感染症との戦いの場なのだということを思い知らされます。感染症は怖いので、本当に気を付けなくてはならない。そんな中、拾った子ねこや、各動物愛護センターから保護した犬や猫が病院にやってくる。保護ボランティアさんは、犬や猫が好きですが、それ故、動物しか見えていません。しかし、私たち獣医療従事者は、その両方を見なくてはならない。人と犬、両方を見て、両方の安全と安心があって、初めて保護活動が成り立つのでは、と思ったんです」
鴻江さんは、獣医療従事者の自分たちが、動物指導センターなどで保護された犬や猫の健康状態をプロの目でしっかり把握し、ケアできれば、その後、そこから犬や猫を引き取った人も安心して病院に行くことができ、獣医療従事者も安心して診療できると考えました。
それだけではありません。当センター内でのボランティア活動においても、動物看護師の彼女らはカルテや申し送り表で、健康状態がきちんと把握できるため、処置やケアの可能性も格段に広がるのです。
「ここで以前、人を咬む犬がいて、職員さんでさえ触れることができない子がいたのですが、そういった犬の「保定(治療などをする際、治療に影響がでないよう、相手の動きを制限する)」も経験上、私達ならできる。保定ができれば、治療が可能となる。マイクロチップを挿入することもできて、譲渡への可能性を探ることができるのです」
動物病院での勤務時間を調整し、そのための時間を作ってまで叶えたかった「動物保護活動」。
しかし、多くの仲間が仕事と並行し、無償ボランティアで、この活動を行うのには限界もあると言います。
「私が片道車で一時間半かけてこのボランティアをしているのには、当然のことながら動物が好きだからです。動物が好きだからこそ、動物が原因で人間が悩んだり困ったりして欲しくない。動物と幸せになってほしい―。
その中で、私たち動物看護師が持つ知識で解決できることってたくさんあるんです。今はボランティアだから、一か月に一度しか来ることはできませんが、獣医師の資格を持つ職員さんが動物指導センターで働いているように、動物看護師の資格を持つ私たちが行政の施設で働けるようになれば、私たちがボランティアでしている事と同じような対応が日常的に行える。もっと、もっとたくさんのことを解決できる。そうすれば、もっと、もっと動物も人も笑顔にできるはず。人と動物たちの暮らしの可能性が広がっていく。
私が目指しているのは、そんな未来です」
鴻江さんは現在、自身が住む町の市役所で「動物相談窓口」を設け、市民のペット相談員も務めていると言います。
動物の問題は、動物だけを見ていても決して解決はしません。
動物のプロフェッショナルが「プロの目線」で語ってくれるアドバイスは、飼い主さんと、ペットとの絆をより良く、強くしてくれることでしょう。
身近な場所に、大切なペットのことを相談できる人がいるのは愛犬・愛猫家にとって何よりありがたい存在です。
捨てられた命の受け皿だけを広げても、救える命には限界があります。
大切なのは、捨てられる命を減らすこと―。
鴻江さんのように動物のプロたちの活動の場がもっと広がれば、それも実現できるのではないでしょうか。
ペットと人との相互理解が深まれば、飼い主さんの悩みも減っていきます。
それは「捨てられる命」を減らすことの大きな第一歩となるはずです。
犬との暮らしをもっと楽しく! ボランティア活動犬養成教室!
当センターでは、動物看護師さんたちのトリミング等を含む、犬・猫の世話を行う動物飼育ボランティア、子ねこのミルクボランティア、当センター主催イベントのお手伝いをする普及啓発ボランティア他、動物介在活動に参加する「動物介在活動犬ボランティア」があります。
これは活動犬と飼い主が学校や高齢者施設などに出向き、ふれあい活動を行うことを目的としています。
ふれあい活動犬として参加できるのは、当センターの「活動犬認定審査」に合格した犬と飼い主さん。
活動認定には犬の鑑札票、狂犬病予防注射済票や、予防接種証明書(混合ワクチン)、去勢・不妊手術済確認書など、必要書類も提出しなければなりません。
その後、活動犬に認定された犬と飼い主さんは、月一回開催される活動犬養成教室にも参加します。
これはペットに関する様々な知識を深める勉強会に飼い主さんと活動犬が一緒に参加するというもの。
一見、犬は関係ないように見えますが、ここにはユニークな当センターの思惑が存在しています。
「大切なのは、複数の飼い主と犬が同じ空間を共有して、犬たちが静かにしていられるかどうか、ということなんです。高齢者施設や学校への訪問は、ここにいる活動犬メンバーで行くので、お互いの犬たちが顔見知り、顔馴染みであるという認識が最も大切。
月に一度、こうして飼い主と一緒に会っていれば、本番もみんな仲良く、ストレスなく活動に参加できるんです」
そう説明してくれたのは活動犬養成教室の進行を務めている当センター担当課長の坂本晶代さん。その言葉通り、一時間以上の講義の間、犬たちは互いを気にする様子もなく飼い主の隣や足元でおとなしくしています。
▲養成教室の進行を務める
担当課長の坂本さん
まずは、足拭きを嫌がらずに上手にできるかどうか。施設内は土足禁止で、犬の足から汚れを持ち込まないようにするためです。
講義が終わると、高齢者施設に見立てた部屋での活動シミュレーション。
そして「ふれあいタイム」。多くの高齢者は車いすに座っているので、高齢者との目線の高さが一致するよう、小型犬は台の上に座って練習します。
▲施設に入る為の足拭きの訓練
▲施設での様々な状況を再現
▲高齢者施設に見立てた活動シミュレーション
「その他、杖を倒して大きな音を出したり、高齢者施設で想定される様々な状況に見立てて犬たちの様子を観察します」
実際に杖を倒して大きな音がしても、犬たちは興味も示さず知らん顔。なるほど、これなら本番でも安心です。
活動が終わって帰る時も、わき見せず、順番に一列に行儀よく並んで部屋から退場していきます。
「きちんと並んで静かに入室、退室できるのも、日ごろから顔を合わせている仲間だからです」と坂本さん。
こうした活動犬養成教室が功を奏し、飼い主のボランティアさんたちの協力で、令和元年は17回の動物介在活動を実施。
成功に導くことができました。
犬とのふれあいを通して、多くの人が犬への好意を持ってもらうことも、人と動物の相互理解を深める大切な啓発活動なのです。
「埼玉県動物指導センター」の次長さんに聞きました!
当センターで、次長を務める川崎貴子(※)さん。
川崎(※)さん曰く、当センターの現在の課題は「猫」だと言います。
「このセンターにおいては犬の収容頭数もかなり減り、野犬問題に関しては終息しています。
今の課題は猫、まずは、飼い主のいない野良猫です。そこから生まれて収容される子猫の殺処分数が一番多いため、埼玉県では地域猫活動の支援も積極的に行っていきます。
まずは、不幸な命が生まれない取り組みが必要。当センターにはミルクボランティアさんもいるし、猫の保護団体もいますが、彼らに頼ることは、彼らの負担が大きくなるということ。やはり、ここに収容される数を減らすことを目標にしなくてはなりません」
▲次長を務める川崎(※)さん
続く課題は、高齢者が飼育している猫。
飼われていた猫が不妊・去勢手術をしていないために増えたり、飼い主である高齢者の死亡や施設入居などで残される猫も増えていると言います。
「社会から孤立して、飼い主さんが亡くなった後に、10頭、20頭の猫が残され、ここに収容されるケースもある。こういった猫は社会化できていない子が多く、譲渡が非常に難しいのです。」
飼い主の高齢化が進む中、孤立した高齢者が多頭の猫を飼育する問題は、日本中で広がっています。
命を救う受け皿には限界があります。
また、私たち人間が幸せにできる命にも限界があります。
地域猫対策同様、高齢者のペット問題も、我々の社会問題として対策を急がねばならないと、川崎(※)さんは語ってくれました。
※「川崎さん」の「崎」の字は、正しくは「山」へんに「竒」です。WEBページでは表示できない文字のため、「崎」で代用しています
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家・特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。