VOL.15 山梨県動物愛護指導センター 編
動物愛護の名の通り、ひとつでも多く「命のバトン」を繋ぐ―。
時代の変化に応じて課題と向き合い、時代に合ったスキルアップを目指す施設。
平成13年3月に開所した山梨県動物愛護指導センターは、南アルプスを望む、甲府南ICから3キロほどに位置する施設。
手入れが徹底的に行き届いた敷地内の芝生広場では、新しい飼い主さんを待つ二頭の犬、ゴンタとモロが、楽しそうにのんびり・・・。施設内の猫のお部屋では、職員さん手作りのキャットウォークやキャットタワーで、譲渡対象の猫たちがリラックスした様子でくつろいでいます。
▲収容犬のモロくん
開設当初にはフル稼働していた殺処分施設も、現在ではほとんど稼働していません。長い間使われていない処分室は、すでにガランとして整理され、ほっとする光景です。
当センターは、時代の変化に合わせて、県内だけではなく、県外からも広くボランティアさん※を募り、ボランティアさんたちと連携することで、多くの命を繋ぐことに成功しています。「多くのボランティアさんの力を借りれば、より多くの命が繋がる」との理念のもと、よりボランティアさんが活動しやすいよう、職員さん自らもスキルアップを目指しています。
官民が互いの立場を尊重し、対等に助け合い「命のバトンを繋いでいく」心温まる施設の取り組みをご紹介いたします。
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▲ふれあいルームで里親を待つ猫
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▲清潔に保たれた成犬用管理室
※当センターに登録されているボランティアさんは、飼い主を探している犬猫を動物愛護センターなどから譲渡を受け、新しい飼い主が見つかるまでお世話をしています。「譲渡ボランティア」と、幼齢な子猫を離乳が完了するまで哺育する「ミルクボランティア」の2種類のボランティアさんが登録されています。譲渡ボランティアさんは、自宅などで面倒を見ながら飼い主さんを募集し、飼い主希望者の面談、飼い主さんの決定なども行なっています。
山梨県動物愛護指導センターのここがポイント!
センタースタッフとボランティアさん
山梨県は人口80万ほどの自治体。
最近では野犬も見かけなくなり、犬の収容頭数はめっきり減ってきています。令和三年度の犬の収容頭数はわずか36頭。迷い犬や捨てられたとみなされる犬たちで、のちにほとんどが新しい飼い主さんのもとへ譲渡されています。
一方、猫の収容数は犬の10倍以上の409頭で多くが子猫です。
「時代の変化によって、動物愛護センターは殺処分の施設ではなく、命を繋ぐ施設という役割に変化しています。一頭でも多くの犬猫たちの命を繋ぐことを最優先し、臨機応変に対応していかなくてはなりません」
そう語ってくれたのはセンター所長で獣医師の浅山光一さん。そこで欠かせないのが譲渡ボランティアさんの存在です。
▲センター所長の浅山さんと収容犬のモロくん
当センターでは、県内に限らず東京など県外のボランティアさんとも連携して小さな命を繋ぐ事業を行っています。
「山梨県は人口も少なく、高齢化も進んでいるので、県内のボランティアさんだけでは厳しい。窓口を広げ、より多くの人たちの協力が必要なため、県外のボランティアさんにも協力いただいています」
登録されているボランティア数は県内・県外合わせて49団体(個人・団体含む)。個人への譲渡は収容される一割程度で、9割近くがボランティアさん経由で譲渡されています。
また、収容した子猫を譲渡につなげるために大きな役割を果たすのが、譲渡可能な月齢まで乳飲み子の猫を育てるミルクボランティアさんです。乳飲み子の世話には膨大な時間と手間がかかります。日々の業務に追われているセンターの職員さんが昼間から夜間まで数時間毎の授乳、健康状態のチェックなど、多くの時間を要する乳飲み子の世話を担うのは不可能です。
当センターでは譲渡した子猫の約6割が乳飲み子(生まれて間もない時期)で収容され、中にはへその緒がついた状態の子猫たちもいます。
乳飲み子の命を繋ぐことができれば、殺処分激減は明らか。ここでは、ミルクボランティアさんの協力により年間200頭を超える乳飲み子が救えるようになりました。
「山梨県」のここがすごい!「蛇口」を閉める活動を拡充
犬猫の譲渡数が年間400頭近い山梨県動物愛護指導センター。
その譲渡数の8割以上が子猫(乳飲み子含む)です。これらの子猫の大部分はいわゆる飼い主がいない猫が生んだ「野良猫の子」。
つまり収容される猫の主な原因は、飼い主に捨てられた猫ではなく、野良猫として代を重ねてきたいわゆる「飼い主のいない猫」だということです。電話で寄せられるセンターへの苦情は年間200件以上。「野良猫を引き取ってほしい」「野良猫の糞尿」「野良猫へのえさやり」など、多くがこの飼い主がいない猫に関する苦情です。猫は法律上、行政で捕獲できる規定がないため、職員さんはその旨を丁寧に説明し、野良猫の糞尿被害などには、その都度、木酢液をまく、人工芝など敷くなど猫が忌避する方法を伝えますが、苦情の対応にはかなりの時間を要します。
まずは、早急に飼い主のいない猫対策をしなければなりません。
そこで山梨県が力を入れているのが、「猫の不妊・去勢手術費の補助制度」。
この制度は飼い主のいない猫に不妊去勢手術を施して、一代限りの命を地域で大切に見守ろうという取り組みを行政が支援するものです。この制度の利用が広がれば飼い主のいない猫は減少し、TNR(保護して、不妊手術をして、また元の場所に戻す)によって子猫も生まれなくなるので、当センターに収容される子猫も減少します。
「人と動物の共生社会推進事業 猫の不妊・去勢手術費補助金」のチラシ▶︎
(クリックで拡大)
つまり蛇口が閉まり、こぼれ落ちる命が減ることを意味します。飼い主がいない猫が減れば、住民からの苦情も減り、職員さんたちはその分、命を繋ぐ仕事に専念することができます。山梨県知事も「動物愛護法の基本原則を尊重し、できるだけ殺処分を減らし、ペットの小さな命を大切にする運動をすすめる」ことを公約に掲げ県は人と動物の共生社会推進事業を拡充。
地域が実施する地域猫活動のTNRへの手術補助金として年間一億円の予算を設け、不妊手術15000円・去勢手術10000円(上限)、ボランティアさんには一頭のTNRに対し更に1000円を補助するなど、みなが一体となって、動物愛護事業に取り組んでいます。
▲譲渡に向けて処置を受けるマロンちゃん
山梨県動物愛護指導センターのボランティア
こぼれ落ちた命を繋ぐミルクボランティアさん
全国にある動物愛護センターは、行き場のない命の最後の受け皿となる施設です。
蛇口が狭まり、受け皿が十分であれば、殺処分は必要ありません。その受け皿を大きくしてくれるのが、センターから犬猫を譲り受けて家族として迎え入れてくれる方々と、センターから犬猫を引き取って一時的に預かり新しい飼い主さんを見つけてくれる譲渡ボランティアさんたちです。
当センターでは、収容される猫の多くが乳飲み子なので、受け皿の一翼を担うのがミルクボランティアさんです。現在、48のミルクボランティアさん(団体・個人)が乳飲み子の哺育に取り組んでいますが、乳飲み子の哺育は誰もができるものではありません。時間もスキルも必要で精神的な負担も多く、命を救いたいというやさしさだけでは難しいと浅山さんは言います。
「当たり前のことですが、ミルクボランティアさんたちは、猫が好きで何とかその命を繋ぎたい、というやさしい気持ちから預かりしてくれます。
ただ収容される乳飲み子は、野良猫の子が多いため栄養状態や体調も万全ではなく、どんな愛情と努力をもっても救えない子がいる。それでも、預かった子猫が亡くなってしまうと、ミルクボランティアさんはとても落ち込んで辛い思いをするんです」
ミルクボランティアさんと収容子猫のマロンちゃん▶︎
命を救うために預かったのに死なせてしまった―。
その事実を受け止められないボランティアさんもおり、トラウマからボランティアを休止したりやめてしまうこともあるといいます。
「預かった乳飲み子を亡くした経験のあるボランティアさんには、なるべく元気で健康状態が良好な子を預かってもらうなど、無理のない範囲で継続してもらえるようお願いしています。ミルクボランティアさんがいなくなってしまえば、救える命も救えなくなる。それほど我々にとっては大切な助っ人です」。「命を救いたい」という気持ちは、職員さんも、ボランティアさんもみな同じですが、頑張りすぎて誰かが苦しんだり、体調を崩してしまっては、元も子もありません。それほどこのボランティアは繊細で命に真摯に直面するボランティアと言えるでしょう。預託する職員さんも、子猫の大きさや健康状態によって、難しい判断を迫られる時がもあるといいます。
そんな状況を少しでも改善するため、当センターではミルクボランティアさんを対象に「子猫の預託に関するアンケート」も実施。
ミルクボランティアさんがどのような気持ちで、ボランティアを引き受けているのかを把握するため、「どの程度大きさや健康状態の子猫なら預かってもらえるのか、預かったことがあるのか」「預かった子猫が死亡した場合、継続できるのか」「体調不良の子猫の安楽死をどう考えるか」など個人名を明記しない形で聞きとり、ボランティアさんの命に対する思いや考えをアンケートで答えてもらいます。
このアンケート結果は、職員さんたちにとって、預託時の大きな判断材料となり、集計後は、関係機関と情報共有し小さな命を繋ぐ「ミルクボランティア事業」のさらなる前進を目指す土台づくりとして役立てます。
▲子猫の預託に関するアンケート(クリックで拡大)
山梨県動物愛護指導センターのミルクボランティア研修会
大切な命を繋ぐボランティアさんたちは、当センターにとってなくてはならない命のバトンタッチのパートナー。
救命が難しい乳飲み子の猫を世話するミルクボランティア活動は昨今、県内のテレビ、ラジオ等、マスメディアにも取り上げられ大きな注目を浴びています。
「動物愛護指導センターでの取り組みとして、ミルクボランティアのことを、多くの人に広く知っていただきたい。ひとつでも多くの命をつなぐために、職員とボランティアさんが様々な取り組みをして一体となり、懸命に頑張っていることを県民に知ってもらいたいんです。同時にボランティアさんたちの声を聞き、要望があればなるべく応えられるよう我々も努力しています」
そこで、ミルクボランティアさんたちから、要望として挙がったのが、スキルアップのための「ミルクボランティア研修会」です。研修会では、ベテランミルクボランティアさんと、動物病院の獣医師を講師に招き、乳飲み子を預かった時に直面する問題とその対処法についての講義を一時間にわたって受けます。
▲ミルクボランティア研修会の様子
山梨県動物愛護指導センター所長、浅山光一さんに聞きました!
二年半前、県内の山中で保護された野犬の子犬・マリンちゃんを家族として迎えたセンター所長の浅山光一さん。
センターそのものが、「殺処分の施設」から「命のバトンを繋ぐ施設」に変わりつつある今日でも、現状に甘んじることなく、まだまだ変化していかなくてはならないと真剣に語ります。
「まずは県民のセンターに対する認知度アップです。譲渡はずいぶん進んでいますが、未だに処分中心の施設だと考える県民が多く、センターの場所を知らない方も多くいらっしゃいます。また、収容される犬やネコが後を絶たないのは蛇口が締まり切っていないから。つまり、収容される犬猫がいなくなるよう適正飼養・飼育も含め、県民への啓蒙はとても大切です。そのひとつが地域猫活動への支援でもあるのですが、その活動の存在や意味を知らなければ理解は得られない。多くの人たちに現状を知ってもらうためにも広報活動は大切だなと感じています。ボランティアさんももっと増やしたいですが、ボランティアさんに頼るだけではなく、私たち職員も時代にあったスキルアップ、例えば動物行動学などの新しい知識やスキルを習得して、困っている方々へのアドバイスや収容動物の馴致に力を注ぎ、犬や猫たちの幸せにつなげたいと思っています」
また他県同様、山梨県でも高齢者とペットについても問題は多いと浅山さんは言います。
「アニマルセラピーという言葉通り、高齢者が犬猫を飼うことは、とても癒しとなるし、健康維持にも繋がる。しかし、高齢者の場合は、終生飼育が困難という問題がある。事実、センターでは高齢者が飼育していたペットの引き取り相談が月に何件かあります」。高齢者とペット問題は、動物愛護だけではなく高齢者福祉とセットで考えなければ解決できない問題。
▲センター所長の浅山さんと収容犬のゴンタくん
そこで当センターが今年から一部の市町の社会福祉協議会と協力して始めた取り組みが「高齢者向けの飼い方教室とミルクボランティアの募集」です。高齢者福祉を含む、社会福祉関係者との連携で「高齢者のペット飼育」を学んでもらうことは、浅山さんが願っている通り「蛇口を占める啓発活動」や「ボランティア確保」にもつながるはず。「今の時代は、驚くほどのスピードで様々なことが変化している。動物愛護も然り。その時代にあった対応を我々はしていかなくてはなりません」
ボランティアさんという強い助っ人に頼るだけではなく、職員さんら自らもアイデアを出しスキルアップを目指す―。その頑張りや努力の恩恵を一番受けるのは、犬猫たちです。
しかし、収容される犬猫たちは、もとはと言えば人間から放棄された命やその命が繁殖していたった結果-。人間が作った災害です。
その災害から命を救い、何としてでも幸せにしなければ、という強い思いが、浅山さんはじめ、職員さんからは伝わってくるのでした。
実は、わたしはワインが大好き!
山梨県がワイン県ということもあって、個人的に
「ワインを買って被災地の動物を支援するプロジェクト」を応援しています。
これは、アニマルレスキューシールがついたワインを買えばワイン一本につき500円が被災地の動物たちの支援金になるというプロジェクト。
山梨県のワイナリーもプロジェクトに協賛しているため、ワインで動物たちを少しでも支援したいと、アニマルレスキューシールの山梨のワインを購入しました♪
戦火の動物支援プロジェクトのチラシ(クリックで拡大)▶︎
(取材:2022年11月)
山梨県動物愛護指導センター
住所:〒409-3812 山梨県中央市乙黒1083
電話:055-273-5034
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル