VOL.16 兵庫県動物愛護センター 編
ペットと暮らす楽しさを、実体験を通して知ってもらいたい!
動物たちへの理解は、飼い主さんが、まず知る、学ぶことから始まる。
実体験を通した啓発活動にとことん力を注ぐ施設。
兵庫県尼崎市の武庫川沿いに位置する広さ11,500平米の兵庫県動物愛護センター。
譲渡犬同窓会などが行われる芝生広場は、桜並木が続き、春には大勢の人が訪れます。
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▲服を着せてもらった、正門の猫のオブジェ
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▲猫がストレスなく過ごせる工夫された屋内飼養モデルルーム
敷地内の展望台はバードウォッチングに最適。
猫の置物が出迎えてくれるセンターの門を通り過ぎると、愛護館の屋根には風見鶏ならぬ、風見犬が見えます。愛護館内の広々とした明るいホールには、猫の屋内飼養モデルルームや、阪神淡路大震災の経験を生かしたペットの防災対策が展示されています。
当センターの特徴は、動物愛護対策として動物を通して「命の大切さ」への理解を深めるための啓発活動に力を入れていること。今回は、ユニークな子どもたちへの啓発活動や体験型の啓発活動を上手に取り入れている兵庫県動物愛護センターの取り組みをご紹介します。
目次
・兵庫県動物愛護センターのここがポイント
子猫譲渡への基盤をつくる!ふるさと納税で取り組む応援プロジェクト
・兵庫県動物愛護センター「どうぶつ絵本の読み聞かせ会」やさしい心を育てよう!
・兵庫県動物愛護センターの防災訓練阪神淡路大震災から学ぶ、防災とは
・兵庫県動物愛護センターのここがユニーク!
猫の屋内飼養モデルルームで猫との暮らしをシミュレーション!猫を正しく、楽しく飼おう!
兵庫県動物愛護センターのここがポイント
子猫譲渡への基盤をつくる!ふるさと納税で取り組む応援プロジェクト
他県の多くの動物愛護センターの課題と同様、兵庫県動物愛護センターでの昨今の課題は幼齢猫の引取数の多さです。その数、犬123頭、成猫160頭に対し、子猫は656頭(令和3年度)。
センター内での課題は、子猫の譲渡をいかに推進するかだと言います。
多くが授乳期の幼齢猫のため、ミルクボランティアさんの存在は欠かせません。当センターでは平成28年度から「ふるさと納税制度」を活用し、「子犬子猫の飼い主探し等応援プロジェクト」と名付け、ボランティアさんの協力を得ながら離乳前の子犬・子猫を育て、譲渡に繋げる事業に積極的に取り組んでいます。
子犬子猫の飼い主捜し等応援プロジェクト▶︎
(クリックで拡大)
センターで引き取りする子猫は生後数日で全身状態が非常に悪いケースが多くあります。その中で状態が良い子猫をミルクボランティアさんの協力を得ながら育て、新しい飼い主さんに譲渡しています。
現在、当センターの登録ミルクボランティアさんは20名ほど。
ミルクボランティアは高いスキルや多くの時間が必要なため、誰もができるボランティア活動ではありません。数時間ごとの授乳と排尿、排便などの世話が大変なうえ、幼齢の猫は急に体調が悪くなることもあり、ボランティアの継続ができなくなるケースもあるからです。
しかし、当センターのミルクボランティアさんの活動は安定的に継続されていると言います。
「当センターではすべての子猫をミルクボランティアさんに預けるわけではなく、哺乳により良好に発育が期待できる子猫をお預けしています。それでも、ミルクボランティアさんが預かって世話をしている間に、体調が悪くなったり、場合によっては死亡するケースがあります。命を救いたいと思って始めたボランティアですから、育てている子猫の体調が悪くなると、責任を感じて落ち込んでしまう方もいます。ただ、当センターでは、どんなに上手にお世話をしても、その子の生命力次第で救えない場合もあるということを、事前にきっちり説明してからお願いすることにしています。幼齢猫の世話は細心の注意が必要です。母猫の代わりを人間がするわけですから、簡単ではありませんし、ボランティアさんそれぞれの経験とスキルを照らし合わせて、どの子をどの方にお願いするのがベストかを職員で考えて、お世話をお願いすることにしています」そう語ってくれたのは事業課長で獣医師の久本千絵さん。
ミルクボランティアをお願いする時には、センター職員さんがボランティアさんの自宅まで行ってこれまでのボランティア経験を含め、子猫の育成への考え方や対応をじっくりと話し合うと言います。
こうして、多くのボランティアさんは、様々なケースをシミュレーションし理解した上で活動に参加しているため、途中でやめてしまう人はほとんどいません。また預かり期間中にも職員が子猫の体調や発育の様子などの情報共有やアドバイスを行います。始めに子猫の健康状態や大きさから、どのボランティアさんに託すのがベストなのか、マッチングをきっちり行った上でボランティアさんに預け、その後も職員と相談しながら預かれるため、それぞれのボランティアさんが、自分のスキルにあった無理のないボランティア活動を継続していくことができるのです。寄付金は、子犬子猫を育成するための粉ミルクや哺乳瓶、離乳食の購入費として役立てられ、事業開始以来908頭(うち子犬39頭・子猫869頭)を育てることができました。
兵庫県動物愛護センター「どうぶつ絵本の読み聞かせ会」
やさしい心を育てよう!
当センターでは、子どもたちに動物愛護の心を育んでもらおうとオリジナリティあふれる取り組みを行っています。その一つが毎月第三水曜日に行われる就学前の幼児と保護者を対象とした「どうぶつ絵本の読み聞かせ会」。
「大型絵本の読み聞かせ」と「パネルシアター」を通じて人や動物に対する接し方、思いやる心の発育の一助となればと考えられています。また、同時に保護者の方に対しても動物愛護、主に猫の適正飼養を啓発しています。
▲親子で参加する「どうぶつ絵本の読み聞かせ会」の様子
絵本は動物をテーマにしたわかりやすい内容のもので、動物愛護推進員さんが朗読します。絵本の読み聞かせ後には、当センターに実在したモデル猫を主役にした「タビーの大冒険」という物語をパネルシアターで行います。パネルシアターとは、パネルボードを舞台とし、表現したい絵や文字を人形状につくり、それを貼ったり外したりしながらお話を表現する方法。動きがあるので、幼児でも飽きずに集中して楽しむことができます。「タビーの大冒険」は職員さんが作ったお話で、猫の完全屋内飼養推奨を、幼児にも伝わるようとても上手に工夫されています。
このお話は子ども向けの単純なお話ですが、「猫の屋内飼養推奨」を猫目線で描いているため、押しつけがましくなく、子どもでも理解できるつくりとなっています。環境省が「猫の完全屋内飼養」を推奨して久しくなりますが、未だ猫に屋内外を自由に出入りさせて飼育している飼い主さんが多い印象です。屋内飼養を徹底すれば、交通事故や感染症の危険から猫を守ることができます。完全に屋内飼養をして猫のテリトリーを家の中だけにすることは、猫にとっても飼い主にとっても安全で安心できる飼育方法なのです。このお話はタビーという猫を主人公に、室内で猫を飼うことの大切さを子どもたちに知ってもらう、当センター独自のユニークな啓発活動です。
兵庫県動物愛護センターの防災訓練 阪神淡路大震災から学ぶ、防災とは
1995年に起こった阪神淡路大震災。
その3年後の1998年、阪神淡路大震災の経験を踏まえ、災害時の動物救護の拠点となるよう当センターは設立されました。また、防災意識をさらに強化すべく、当センターでは、ペットの同行避難訓練を年4,5回実施。同時にペットの災害対策に関する講習会等を開催し、ペットの防災対策として日頃の備えを強く県民に普及啓発しています。同行避難で重要なのが犬猫の「クレートトレーニング」(移動用のゲージをつかったトレーニングのこと)犬のクレートトレーニングは一般的ですが、猫のクレートトレーニングの有効性はそれほど広く知られていません。
「クレートの中でご飯をあげるなど、いつもの暮らしの一部にクレートを取り入れれば猫も自らクレートに入っていきます。実際、クレートを日常に取り入れていた家の猫が災害時にクレートに自ら逃げ込み、助かったケースもあります」と、久本さん。犬と違い、猫は災害時に恐怖を感じると逃げたり、隠れて出てこないことも。
▲愛護館内 防災グッズ展示コーナー
猫を保護することができなければ、同行避難にも支障が出て、逃げ遅れることもあります。また、久本さんはペットの災害対策を犬や猫を飼ってから考えるのではなく、飼う前からぜひ考えてほしいと言います。「災害時には自分や家族の荷物と、ペットの荷物を持って避難しなければなりません。ですから、飼う前には、どんな種類のペットで何頭なら同行避難ができるのかを必ずシミュレーションしてほしいのです。在宅避難を前提として災害対策を考える人も多いのですが、在宅避難ができない場合もあります。阪神淡路大震災を教訓に、ぜひ、ペットを迎える時にそのことを考えてほしいと思います」
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▲愛護館内 防災グッズ展示コーナー
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▲避難訓練の様子の展示
兵庫県では阪神淡路大震災の経験を踏まえ、行政がペット同行避難に目を向け「ペットと一緒に避難を!」を、積極的にアピールしています。当センターでも阪神淡路大震災が起きた1月17日にちなんで、1月~3月には、防災に関する心構えと、ペットのために備えるべきものが動物愛護館のロビーに、優先順位ごとに展示されています。
兵庫県動物愛護センターのここがユニーク!
猫の屋内飼養モデルルームで猫との暮らしをシミュレーション!
猫を正しく、楽しく飼おう!
当センターでは譲渡の推進と併せて、猫の適正飼養を啓発して飼い主不明の子猫の数を減らすことが重要であると考えています。そこで、猫との暮らしをもっと知ってもらおうと愛護館に作られたのが猫との暮らしを楽しむための「猫の屋内飼養モデルルーム」。ここでは常時2,3頭の猫がいて、猫に興味のある人や、将来猫を飼いたいなと思う人が実際に猫とふれあい、家の中で飼育する猫との暮らしを体験することができます。
室内にはダイニングテーブルやソファ、テレビなどがあり、一般的な家庭のリビングルームを再現。そこにはモデル猫(これらの猫たちも引き取られた猫)のいなりちゃん、ブリちゃん、ウニちゃんがのんびり寛いでいて、これなら屋内だけで飼えそうだと思えます。モデルルームの扉は逸走防止用の二重扉。壁には猫が自由に遊べるようキャットウォークが設置されています。
室内飼育モデルルームのモデル猫たち▶︎
いかにも楽しそうな猫との暮らしですが、設置されたダイニングテーブルにはたくさんの傷が・・・。
「この傷をここで見てもらうことは、猫との暮らしをより理解してもらうために非常に重要。猫を室内で飼うということはこういう家具が傷ついたり、カーテンが破られたり、そういうことも覚悟してね、ということです。毛も抜けるし、掃除の回数も増える。こういったデメリットもお伝えした上で、猫を家族として迎えていただきたい」
猫と楽しそうに遊びながら、笑顔でそう語ってくれたのは、当センターの副所長兼企画課長の川島朗さん。ペットと暮らすことは、いいことばかりではありません。多くの世話をはじめ、食費や医療費に多くのお金がかかります。世話をする上でのお金の問題、掃除などの手間の問題など、様々なことを想定して迎え入れなければなりません。それらを事前に積極的に伝えることで、猫にとっても飼い主さんにとってもより良い譲渡へと導くことができるのです。
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▲訪れた人を迎えるブリちゃん
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▲猫タワーで遊ぶ、いなりちゃん
兵庫県動物愛護センター
ペットと飼い主さんのより良い絆を全力で支援!
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▲ふれあい館での犬のしつけ教室の様子
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当センターでは、動物愛護展示室や、猫の屋内飼養モデルルーム、動物ライブラリーがある愛護館の他に、ふれあい館があります。ここには犬と飼い主が一緒になってしつけを学ぶことができる「しつけ指導室」があります。トレーニングのスケジュール表は満杯で、ほぼ毎日しつけ方教室が行われていることがわかります。
犬のしつけ方教室は、県民参加型の事業として当センターと民間のトレーナーさんが協力して企画、運営しています。ドッグトレーナーさんは複数名。トレーニングプログラムもトレーニング時間も、料金も違うので、飼い主さんはそれぞれ自分たちの希望するトレーニングに参加することができるのが利点です。当センターがトレーニングルームを無料で提供しているため、トレーニング費用も抑えられ、飼い主さんたちも参加しやすくなるメリットがあります。
また、しつけ指導室のとなりには「ふれあいサークル室」があり、ここでは譲渡対象犬と譲渡希望者とのマッチングや当センター譲渡犬の同窓会、動物愛護推進員さん等の研修会などにも利用されるスペースがあり、飼い主さんと犬たちのQOLを高めるための施設として広く利用されています。
兵庫県動物愛護センターの考える 飼い主のいない猫への対策
当センターの管轄地域では地域猫活動(TNR)への補助事業を行っている市町があり、活動を希望する人への講習会を市町と協力して行っています。特徴は、講習会に来る人たちが、いわゆる猫好きで、猫のために活動に参加しているという人たちばかりではないということ。「講習会に参加される方は、地域にいる猫の被害で困っている方が多いです。何とか被害を防ぎたいが、どうしたら命ある生き物を排除せず、共存できるのか、その方法を知りたいという思いで講習を受けに来ておられます」そもそも猫のことはあまり詳しくないため、講習会は猫の行動学などを含む基礎知識から、猫との正しい関わり方などをわかりやすく説明します。飼い主のいない猫対策は「猫好き」だけの活動のみでは決して成功しません。猫が苦手な人も含め、どうしたら命あるものを排除せず共存できるかを、みなで考えることが大切です。
兵庫県動物愛護センター副所長さんに聞きました!
当センターで副所長兼企画課長を務める獣医師の川島朗さん。
「当センターでは動物愛護啓発についてもこれまで力を注いできましたが、コロナ渦ではイベントの開催が大きく制限されました。それらの再開についても一層力を入れて行きたい。また、兵庫県では当センターだけでなく、県内に4か所ある支所(三木支所、龍野支所、但馬支所、淡路支所)でも猫の完全屋内飼養モデルルームをオープンし、猫の屋内適正飼養の普及啓発を行っています。このモデルルームでは猫とふれあっていただけますが、単にかわいいと愛でるだけでなく、完全屋内飼養でも猫が満足していることを感じとっていただきたい。そして飼い主としての責任を、きちんと全うできるのかを考えて、そのうえで、猫との暮らしを思う存分、楽しんでいただければと思っています」
▲副所長 川島朗さん
犬や猫との暮らしは間違いなく楽しい!
しかし、その楽しさと共にあるのは「命を預かった責任」です。それは、楽しい時も、ペットが病むときも、そして老いた時も、変わらず愛情を注ぎ、世話をし、最期を看取ることなのです。
犬や猫にとっては飼い主さんがすべて―。
どんな時でも、頼れるのは飼い主さんしかいない、ということを私たちは、忘れてはなりません。
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル