VOL.20 千葉県動物愛護センター編
「殺処分ゼロ」という数字だけが目的ではない―。
譲渡ボランティアさんを含む、収容犬猫に係るすべての人たちが、
バランスよく、動物福祉について話し合い、動物福祉の向上を目指す施設
千葉県富里市の緑豊かな自然の中に位置する、千葉県動物愛護センター。
7,600坪の広大な敷地には、犬舎から続く、ウッドチップが敷き詰められたドッグランが、ひときわ目を引きます。
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▲千葉県動物愛護センター外観
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▲ウッドチップが敷き詰められたドッグラン
昭和61年設立の同センターの建物は決して新しくありませんが、犬や猫たちの譲渡に向けて様々な工夫が凝らされています。
印象的なのは、職員さんが示す、ボランティアさんへの敬意-。
ボランティアさんが、多くを背負い過ぎず、バランスよく、活動してもらえるためには何が必要なのか―?
千葉県動物愛護センター職員さんたちの思いをご紹介します。
目次
・千葉県動物愛護センターのここがポイント
ボランティアさんとの連携には、バランスを最重要視
・幼齢猫はボランティアさんが頼り!猫の馴化部屋はスリーステップ!
・千葉県動物愛護センターのここがおもしろい!
「犬と猫との出会いの場」※1で、セカンドチャンスの窓口を設置
・千葉県動物愛護センターの新たな試み
動物愛護思想普及のための「命の教室」※2で、情操教育にチャレンジ!
千葉県動物愛護センターのここがポイント
ボランティアさんとの連携には、バランスを最重要視
令和元年より殺処分機が停止となった千葉県動物愛護センター。
他の動物愛護センター同様、同センターでも年々、犬猫の殺処分が減少し、犬猫の年間殺処分数は、犬113頭、猫281頭(令和4年度)。犬に関しては、都市化に伴い、現在では野良犬の捕獲が皆無となり、収容される犬は多くが飼い主不明の迷い犬で、猫は幼齢猫です。
当センターのポイントは、譲渡対象動物を、すべて登録ボランティア団体さん経由で新しい家族に譲渡してる、ということです。
「譲渡ボランティアさんは、譲渡先の飼育環境、飼育条件、お試し期間、譲渡先の家庭訪問なども含め、事前確認を完璧にして、我が子のように大切に飼ってくださる飼い主さんのもとへ送り出すことに長けている。センターでの引き出しから譲渡までは、ボランティアさん自身が世話をするので、その子の個性などもよく把握しています。当然、譲渡相手とのマッチングを見極めることに関しても長けています」
ボランティアさんの能力を高く評価しながら、そう語ってくれたのは獣医師で愛護管理課の大日方洋一さん。
現在約70のボランティア団体が、センターと連携して譲渡支援や収容犬のシャンプー、お散歩などを担ってくれていると言います。
「譲渡ボランティアさんがどれほど大変なのか、職員たちは非常によくわかっている。
だから、こちらも彼らにかかる負担がどれくらいで、どこまでお願いすべきかを常に考えて、バランスをとりながら連携しているんです」
例えば世の中は「殺処分ゼロ」を動物愛護のスローガンに上げていますが、「殺処分ゼロ」を達成することで、ボランティアさんが大きな十字架を背負うことも少なくないと言います。
「もちろん殺処分ゼロに近づけるために職員もみな必死です。でも、どうしても譲渡に向かない犬もいるわけですよね。例えば咬む犬です。状態にもよりますが職員が譲渡は厳しいと判断した犬に関しては、ボランティアさんにもこういった犬がいる、という情報開示はしないことにしている。なぜって、ボランティアさんたちは本当に犬や猫が好きで、何が何でもその命を救いたいと思っている。だから問題行動がある犬や猫でも引き出して連れて帰って面倒を見ようとする。でもそういった子たちは、一般家庭への譲渡が難しい。結果ボランティアさんたちが、その子の寿命が尽きるまで、面倒を見ることになってしまう。そういった犬や猫が一頭、また一頭増えて、数頭、やがて10頭になってしまうんです」
「殺処分ゼロ」のためにボランティアさんの生活が追い込まれことを、大日方さんたち職員さんは危惧していると言います。
ボランティアさんは、同センターの大切なパートナー。
だからこそ、「無理を承知でお願い」するのではなく、笑顔でボランティア活動を続けられるよう無理のない協力をお願いすること。ボランティアさんに大きな敬意を寄せているからこそ、バランスのいい連携しなくてはならないのです。そして、良きパートナーとして、良いバランスを保つために行政側ができることは、収容動物たちの徹底的な「観察」だと言います。
例えば、「雷の音が苦手」「食事に対しての執着心が強い」「狭い部屋の中が苦手で吠える」「広い場所に不安を感じている」「人は好きだが他犬・他猫とは苦手で攻撃的」など、個々の犬猫の情報をできるだけ詳しく把握し、ボランティアさんに伝えることだと言います。
「他犬、他猫が苦手となると、ボランティアさんの家でも、その子のための部屋やスペースが必要となります。譲渡ボランティアさんの家では常に多頭飼育しているため、こういった情報は、保護していただく上でとても重要となります」
同時に、殺処分対象となる動物の選別や、安楽致死処分も苦渋の決断で職員さんたちがやり抜く―。その苦渋の決断を、自分たち自身で背負うことで、ボランティアさんには常に前向きな活動に専念してもらう。
そんなバランスの取れた信頼関係があるからこそ、お互い息の長い連携プレーができるのでしょう。
幼齢猫はボランティアさんが頼り!猫の馴化部屋はスリーステップ!
▲職員さん手作りの譲渡管理室のタワー
他の動物愛護センター同様、千葉県動物愛護センターでも収容される多くが猫で、約8割が授乳が必要な子猫。そこで頼りになるのが、やはり譲渡ボランティアさんの存在です。
当センターでは、ミルクボランティアとしても活動する登録団体があり、幼齢猫が収容されると直ちに連絡。手の空いているボランティアさんに引き取りをお願いし、授乳から譲渡できる月齢までの育成、譲渡までの一連をすべて担ってもらいます。
幼齢猫のお世話は非常に大変ですが、譲渡に結び付きやすく、ボランティアさんが保護動物を長期に抱えこむこともないため、慣れているボランティアさんであれば、安心して任せられると言います。
「譲渡ボランティアさんは、犬猫のために何をすべきか、一番よくわかっている。特に幼齢猫は数時間ごとに授乳が必要なため、幼齢猫が集中的に収容される春からは秋は、どうしてもボランティアさんに頼らざるを得ない。しかし、安心してそちらを託せる分、センターではなかなか譲渡が難しい収容猫(人馴れしていない猫、他猫が苦手、エイズ陽性の猫等)の馴化や世話に集中することができます」
センターに収容されている猫部屋は、A、B、Cと別れていて、馴化が進むごとにC⇒B⇒Aと、部屋を移動。馴化部屋のキャットタワー、はしごなどはすべて無垢材で職員さんの手作り。猫たちへの強い愛情が伝わってきます。
「猫の馴化だと言って、猫とずっと遊んでいる職員もいます。それ、仕事なの?遊びなの?何とも言えないところですね(笑)」
嬉しそうにそう言う大日方さんも大の猫好きなのでした。
千葉県動物愛護センターのここがおもしろい!
「犬と猫との出会いの場」※1で、セカンドチャンスの窓口を設置
ご存じでしょうか―?
動物愛護法の改正で、現在、所有者からの犬猫の引取り(いわゆる、飼えなくなった犬猫の保健所・センターへの持ち込み)に関しては一定の条件のもとで「拒否することができる」となり「可愛くなくなったから」「飽きたからいらない」などの飼い主の身勝手な理由で持ち込んだ場合には、センターは引き取りを拒否することができます。
しかし、行政が引き取らなければ遺棄される可能性もあり、引き取り拒否が、終生飼養に結び付くかと言えば、決してそうではありません。
そこで、同センターでは、飼えなくなった犬猫と犬猫を家族として迎えたい人とのお見合いサイト「犬と猫との出会いの場」(※1)を設置。
犬猫を「譲渡したい人」と「譲り受けたい人」とのマッチングサイトとして、飼われている犬猫のセカンドチャンスを拓く大きな役割を担っています。
登録は簡単!犬猫を「あげたい方」がHP経由で申請すると同センターが譲渡動物をサイトにアップ。犬猫が「ほしい方」人は、HPを見て欲しい犬猫がいたら申請をし、同センターの審査後に「譲渡人」へ連絡が入り、お見合いの日を設定して、マッチングしたら譲渡となります。このマッチングサイトの管理はすべて同センターが行っており、申請後の審査から結果連絡まで、同センターが案内メールで仲介するため、トラブルも起きにくく安心です。平成30年にスタートした「出会いの場」では、令和4年度の一年間で、犬25頭、猫144匹がこのマッチングサイトを通じて新しい飼い主さんと出会うことができ、現在では犬猫の命を繋ぐ受け皿として、認知度も高く、ますます広く利用されるようになっています。
※1 千葉県動物愛護センター「犬と猫との出会いの場」
https://www.pref.chiba.lg.jp/aigo/dogcat-meeting.html
千葉県動物愛護センターの新たな試み
動物愛護思想普及のための「命の教室」※2で、情操教育にチャレンジ!
千葉県動物愛護センターでは、動物愛護授業の一環として、長らく職員さんが育成したモデル犬を同伴するなどして、子どもたちへの動物愛護普及啓発活動を行ってきました。
しかし、昨今の動物福祉の観点から、生きた動物を同伴しない新しい愛護教室の取り組みを開始。学校に出向き、犬や猫の表情やしぐさなどをイラストで描いたパネルを使用して、子どもたちへの問いかけ形式で、命について考えてもらう取り組みを行っています。
目的は「人間が動物たちと関わって生きていく中で感じる命への気づき」「相手(動物)の気持ちを考えること」「命を大切にするために、自分たちは何ができるか」を、考えてもらうことです。
▲命の教室の実演をするスタッフの大日方さん
犬や猫も、人間と同じように「悲しい」「楽しい」「嬉しい」という感情を持っていること。命を預かった責任はとても重いのだということ。その中で、動物の命を大切にするということはどういうことなのかを、子どもたち自身が考え、意見を出し合い、発表してもらい、コミュニケーションを通して子どもたち自身に気づきを与えることが狙いです。
昨今、住宅事情や家族構成、またデジタル化で、子どもたちが生きた動物と触れ合う機会が激減しています。同時にバーチャル世代では、「死」という概念が子どもたちの中であいまいになり「命」について向き合い、考える機会も減ってきています。
同センターの「命の教室」(※2)は、動物たちの命について考え、話し合ってもらうことで、動物たちばかりでなく、人の命についても同様、「命の尊さ」を知ってもらうための授業でもあります。
「命を大切に思う気持ち」は、人としての「やさしさ」を大きく育みます。
そのやさしさが根付けば、10年後、20年後には、ペットの正しい終生飼養・飼育へと結びつくはず。
動物愛護啓発普及活動は、実に地味な草の根活動ですが、子どもたちに伝え続けることで、未来の動物愛護と福祉は大きく変わっていくはずです。
※2 千葉県動物愛護センター「動物愛護教室」
https://www.pref.chiba.lg.jp/aigo/aigo-kyoushitu.html
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▲職員さん手作りの命の教室用教材
千葉県動物愛護センター愛護管理課の職員さんに聞きました!
千葉県動物愛護センター愛護管理課に務める大日方洋一さんは、定年退職後に再雇用で働くベテランスタッフ。
同センターでの勤務歴も長く、動物愛護の歴史をその目で見てきました。動物愛護センターが殺処分施設と言われた時代から、「殺処分ゼロ」を目指す動物福祉施設へと生まれ変わろうとしている今、大日方さんは世の中の流れを見て、こう語ります。
▲次長の飯田直樹さん(左)と大日方洋一さん
「きれいなことだけにこだわり、そこだけを見せようとすると、弊害が起こる。自分たちも殺処分ゼロのために努力はするけど、そこにこだわっていると、必ず弊害が起こるんです。ここで安楽致死処分する犬は、私たち職員が譲渡には向かないと判断した犬たちです。その決断のための観察期間も2週間ほど。長くいれば犬たちにもストレスがかかるし、どう見ても譲渡できない犬を、誰かの善意に甘えて譲渡してもいい結果にはつながらない。ならば、自分たちがその役割を担うことも大切なのでは、と思うのです。目先の殺処分ゼロにこだわると、誰かに負荷がかかることになる。その現実を受け止めて、厳しい判断を下すことも大切です」
動物たちの幸せも大切ですが、動物と共に暮らす飼い主さんの幸せも大切です。
厳しい役割を長年、自ら担ってきた大日方さんですが、こんな心温まるエピソードもあったと言います。
「同センターから譲渡した犬が、県内の少年院を定期的に訪れて、子どもたちの矯正プログラムの一環を担うという取り組みがあるんです。院内で犬を同伴し、矯正プログラムを行っているのは(公財)ヒューマニン財団※3というところで、これまでにこのセンターから数頭の犬を譲渡しています。で、ある日、その少年院を退院した少年がセンターにやって来てね・・・、院内でプログラムに参加していた犬に会いたいって、訪ねてきてくれたんですよ。もちろんその犬は、財団に譲渡した犬なので、もううちにはいないのですが、センターにいた犬たちが、子どもたちの更生に役立ってくれたのかと思うと、すごく嬉しかったです」
少年院の子どもたちは、多くが複雑な家庭環境で育っています。そんな子どもたちが、元センター収容犬の元気な姿を見ることは、自分たちもまたやり直して、幸せな未来をつくることができるはずだと、大きな希望を感じることができるのです。
センターの犬や猫たちは、みな行き場を失ってここに収容された子ばかり―。
時代が違えば殺処分となっていた命も多くあったはずです。そんな命が、再び光を取り戻し、私たち人間の役に立っていることは、多くの人に「命の無限の可能性」と「命の尊さ」を伝えてくれるでしょう―。
その命を輝かすのは、私たち人間でしかありません。命を捨てるのも、輝かせるのも人間です。どちらの人として生きていくのか―?
私たちの心次第で「センターに収容される犬猫はゼロ」になります。それが、私たちが目指す「ゼロ」なのではないでしょうか。
※3 公益財団法人ヒューマニン財団
http://humanin.or.jp/
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル