VOL.21 水戸市動物愛護センター編
― その命、責任もって、最後まで ―
茨城県が掲げる「殺処分ゼロ条例」に基づき、
収容動物の命を繋ぐ活動と、啓発事業に大きな力を注ぐ施設!
水戸市が中核市となったことをきっかけに、令和2年4月に開設した水戸市動物愛護センター。
茨城県が「殺処分ゼロ」条例を制定した三年後の開設以来、当センターも犬猫の殺処分ゼロを継続しています。
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▲ふれあい展示室の猫
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▲人気の「夏休み親子見学会」の様子
最も力を入れているのは、収容動物たちの「個人譲渡」。動物たちが再びセンターに戻ることがないよう、収容動物たちが置かれた状況を丁寧に説明し、動物たちへの理解を市民に促しながら、「1対1」のきめ細かいサポートで譲渡事業を展開しています。
また、大きな課題となっている野良猫問題や地域猫問題にも前向きに取り組み、市民と協働で職員さん自らが積極的に現場に向かい、問題解決に取り組みます。
今回は、小規模なセンターでありながら、丁寧な譲渡普及活動、啓発活動を実施可能にできるそのノウハウをご紹介します。
目次
・水戸市動物愛護センターのここがすごい!
動物福祉に徹底して寄り添った1対1の譲渡体制
・水戸市動物愛護センターの課題
地域猫問題では、職員さんが積極的に動く
・水戸市動物愛護センターが考える啓発活動
子どもたちへの動物愛護普及活動で、未来の捨てられる命ゼロを目指す!
水戸市動物愛護センターのここがすごい!
動物福祉に徹底して寄り添った1対1の譲渡体制
常磐道水戸インターチェンジから7キロほど離れた緑豊かな場所に位置する水戸市動物愛護センター。
広さ840坪ほどの敷地内には事務棟と動物棟、ドッグランがあります。幼稚園だった建物を改築して工夫を凝らした事務棟はとてもアットホームで来館者も馴染みやすい作り。新しく併設された動物棟は明るく、とても清潔です。
犬猫の収容状況は、犬が83頭、猫が59頭(令和5年度)で、他のセンターに比べて犬の収容数が猫より多いのが特徴です。
水戸市では、まだまだ外飼いの犬が多いため、雷や花火の音に驚いて逸走し、迷子犬として収容されるケースも少なくありません。そのため成犬の収容頭数の実に7割近くが収容後に返還されています。
また、捕獲・保護される犬の半数は野犬の子犬。同センターでは、これら野犬の子犬が収容された後には、動物棟にいる委託スタッフが馴化トレーニングを行いながら順次、譲渡へと繋いでいきます。
同センターの犬猫譲渡の特徴は「1対1の譲渡」。
これは、譲渡希望者、個々の見学会を重視するための取り組みで、市民に収容犬猫の現状をしっかり知ってもらい、正しく理解してもらうことを目的としたものです。
譲渡希望者がいれば電話で事前予約の上、来館。その後は、譲渡動物たちの性格、特徴などを職員さんが詳しく説明し、来館者がじっくり時間をかけて動物に向き合えるよう「ふれあい重視」の譲渡見学会なのです。譲渡希望があった場合は、自宅を事前訪問して、飼養予定場所を確認した上で、飼い主さんと犬猫とのよりよいマッチングの見極めができる「トライアル(お試し期間)」も設けています。
さらにトライアル終了後も自宅訪問を行い、問題なく飼われているかどうかを確認するという徹底ぶり。
動物福祉を重視した譲渡の取り組みは、今後注目を浴びそうです。
▲屋外ドックラン
当センターで、特に丁寧に対応しているのは、譲渡の数多くを占める野犬の子犬の譲渡です。
「譲渡対象となる子犬は、すべて野犬の子。見た目はかわいくても警戒心がとても強い。そのことを飼い主となる人には十分に説明し、理解をしてもらってからでないと、飼い主さんも犬も幸せにはなれません。そのためには一度の面会ではなく、何度も面会に来ていただき、トライアル前には必要に応じて、自宅の環境に犬が少しでも慣れるよう、短時間、自宅に連れて帰ってもらう取り組みなども行っています。飼い主さんにはその犬の特徴をしっかり把握した上で決断し、迎え入れていただければと思っています」
そう語ってくれたのは、水戸市動物愛護センター所長で獣医師の松田智行さん。
動物愛護センターに収容される犬は、ペットショップやブリーダーで購入する犬とは事情が異なります。時に人間不信だったり、問題行動があったりと、慣れるまで時間がかかる犬も多くいるため、「犬はシッポを振って大喜びで飼い主さんに甘えてくる生き物」という先入観を持っていると、飼い主さんの中には大きなギャップが生まれます。そのため職員さんたちは、収容犬と飼い主希望者さんがより互いを知り、理解を深めることができるよう、常にきめ細やかなサポート体制を整えています。
譲渡へのサポートはそれだけではありません。水戸市では、譲渡後の飼い主さんへの支援として、譲渡前にマイクロチップ装着や不妊去勢手術の実施、譲渡後の、かかりつけ医院における二回分の健康診断費用の補助も行っています。また、譲渡後もドッグトレーナーさんによる「1対1」のしつけ教室も実施しています。
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▲同センターの事務所でも見守られている犬たち
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▲馴化トレーニング中の元野犬の子犬ハルオくん
譲渡後も犬猫たちが、ずっと、ずっと、飼い主さんと幸せに暮らしていけますように―。
そんな職員さんたちの思いがひしひしと伝わってくる譲渡事業の仕組みに脱帽です。
当センターでは、市内の大規模公園などで譲渡会も数多く行っていますが(令和5年度は11回)、これは譲渡目的というよりは、保護犬や保護猫のことを市民に広く知ってもらうため。そこで気に入った犬や猫がいれば、必ず当センターに足を運んでもらい「1対1」の譲渡見学会に参加いただく、2ステップの流れもとっています」と松田さん。
譲渡の流れ▶︎
(クリックで拡大)
犬猫を家族に迎えるということは、その命に最期まで責任を持つということ―。
一時の「飼いたい」という衝動的な気持ちではなく、預かった命を最期まで責任をもって大切に世話ができるかを家族みんなで話し合わなければなりません。
当センター職員さんの願いは、収容動物たちが再びここに戻ることなく、新たな家族とその命が尽きる時まで幸せに暮らすことです。
その願いを達成するために、職員さんは日々多くの時間と労力を費やしながら、動物たちの命と真摯に向き合っています。
水戸市動物愛護センターの課題
地域猫問題では、職員さんが積極的に動く
▲猫保護室の猫
全国の多くの動物愛護センターで一番の課題に上がる野良猫問題。水戸市動物愛護センターでも、野良猫に対する苦情は後を絶たず、その多くが、野良猫が生んだ子猫の引き取り相談や、糞尿被害への苦情で、野良猫対策は最重要課題のひとつです。
他のセンター同様、猫は収容数の8割が飼い主のいない猫が生んだ幼齢猫。当センターでも地域猫活動を推進していますが、餌を与えている住民が手術費用を工面することができず、猫の頭数があっというまに増えてしまうことも・・・。
そんな事情も踏まえ、当センターでは、野良猫の被害をうけている住民への支援として猫よけの超音波発生装置の無償貸与をすると同時に、TNRのための捕獲器の貸し出しや不妊去勢手術費用の一部補助の他、地域猫活動推進事業として、地域猫活動を始める地域を市が登録し、当センターにおいて不妊去勢手術等を行っています。
当センターの大きな特徴は、アドバイスや相談だけではなく、「猫の捕獲の仕方がわからない」「地域猫活動ははじめて」という人のために、ボランティアさんと一緒に、捕獲の手伝いやTNR時の猫の運搬を職員さん自らが積極的に行っていること。
また、地域猫事業を推進する傍ら、収容された授乳期の幼齢猫に関しても、職員さんらが大奮闘!数時間おきにミルクを与えなくてはならない離乳前の子猫は、職員さんが毎日子猫を自宅に持ち帰り、世話をしてその小さな命を繋げるために日々尽力しています。
水戸市動物愛護センターが考える啓発活動
子どもたちへの動物愛護普及活動で、未来の捨てられる命ゼロを目指す!
水戸市動物愛護センターでは、動物を飼うことの自覚と責任を子どもたちに学んでもらうため、子ども向けの啓発活動も積極的に行っています。中でも人気なのが夏休みに実施される施設内の見学とイベントをセットにした「夏休み親子見学会」。
この夏のプログラムでは2日間で16組の親子が参加しました。
▲交通事故で、下半身不随になり保護されたクロちゃん
プログラムはまず、施設内の見学からスタートです。
見学に含まれる事務棟のふれあい展示室には、猫が数頭います。
うち一頭のクロちゃんは、地域猫としてTNRを終え、元の居場所に戻した後に交通事故に遭い、下半身不随となってしまった猫で、住民からの相談を受けて、保護されました。
「放し飼いの猫や地域猫は、交通事故に遭う確率がとても高い。飼い猫はおうちの中できちんと飼うこと。野良猫も、地域猫活動が根付いてどんどん減っていけば、クロのような辛い思いをする猫はいなくなります。そのことを、クロを通して、多くの人に知って欲しいんです」
当センター職員さんは、切なる思いを参加者に伝えます。
動物棟では、野犬の子犬で馴化トレーニング中のハルオが子どもたちと触れ合いました。
野犬の子だったハルオは、まだまだ人が苦手ですが、子どもたちとのスキンシップは、大切な社会化トレーニングに繋がります。子どもたちも、かわいい子犬と触れ合うことができて、とても楽しそう。
ペットショップやブリーダーだけではなく「ペットを迎える時には動物愛護センターから」という選択肢の広がりも見学会を通して期待できそうです。
▲元野犬のハルオと触れ合う参加者さん
事務棟と動物棟で、収容動物たちの見学を終えた後は、犬に関する講演会です。
取材した2日目は、警察犬指導士の鈴木博房さんによるお話と、警察犬の「臭気選別」のデモンストレーションが行われました。
初めて見る警察犬の「臭気選別」に子どもたちは、興味津々。
警察犬として、実際に活動している鈴木さんの愛犬、あんずは、飼い主にいらないと言われ、当センターが開設される7年前に、茨城県動物指導センターに持ち込まれた犬です。
「あんずは、トイレの失敗や、夜鳴きがうるさいと言われ、捨てられた犬です。でも、あんずが悪いわけではありません。飼い主がトレーニングの仕方を間違っていたから、あんずはトイレの失敗や夜鳴きをするのです」
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▲警察犬指導士の鈴木さんと警察犬あんず
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▲警察犬「臭気選別」のデモンストレーション(夏休み親子見学会)
鈴木さんの話に熱心に耳を傾ける子どもたち。
犬は飼い主次第で変わるのだということを、鈴木さんは、わかりやすく丁寧に説明します。馬鹿だと言って捨てられたあんずが、今では、超優秀な警察犬として多くの人の命を救い、大活躍しているのです。同じ犬なのに何が違うのでしょうか?
違うのは、飼い主さんの心だけです。飼い主さんが、犬の気持ちになってトレーニングすれば、犬は飼い主さんにとって最高のパートナーとなり、飼い主さんに多くの癒しや喜びを与えてくれるでしょう。それをあんずが見事証明してみせたのです。
一度は捨てられたあんずが、スーパードッグになっている姿を目の当たりにした子どもたちは何を学んでくれたのでしょうか?
動物愛護センターに収容された犬たちも同じ犬です。私たち飼い主が、しっかりと正しい知識を身に着け、深い愛情を持って犬と接すれば、犬も私たちの愛情に応えてくれます。あんずの変身ぶりは、当センターの狙い通り、飼い主としての心構えと、命の可能性を伝える究極の啓発活動に繋がったはずです。
▲絵本専門士の飯塚みどりさんの読み聞かせ
鈴木さんの講演会が終わると、最後は、絵本専門士の飯塚みどりさんの読み聞かせタイムです。
飯塚さん自身も、飼育放棄された犬をこれまで家族として迎えてきました。
キャバリアのレオもそのひとり。飯塚さんは、飼い主に「捨てられた犬のお話」でイベントの最後を締めくくりました。
犬の一生は、飼い主さんの心ひとつで変わります。
命を捨てるのも人間ですが、命を愛し、守り、大切にすることができるのも私たち人間です。子どもたちがその命の輝きを知れば、彼らが大人になり、未来の飼い主さんとなった時、きっと動物たちの味方となって、その命を大切にできるはず。
捨てられる命がなくなれば、このセンターに入ってくる犬猫もいなくなります。
当センターの職員さんは、そんなことを願いながら、子どもたちへの啓発活動にもめいっぱい力を注いでいたのでした。
水戸市動物愛護センターは市民と一体化して動物愛護に参加
犬猫が好きで、犬猫のために何かしたいと思っている人でも、動物を飼うことができない人たちもいます。
そんな市民が少しでも動物愛護事業に参加できるよう、水戸市では令和4年7月から「寄附金募集」を開始。集まった寄附金を動物愛護事業に活用しています。寄附者と保護犬猫たちの絆を大切にしたいという願いから、寄附した市民には、保護犬猫をモデルにした「わんにゃんきずなカード」と当センターの情報誌(きずなだより)が届けられます。
犬猫を飼っていない人、また直接保護活動や動物ボランティアに携っていない人でも、動物愛護活動に参加できることで、動物愛護への関心を広げていくことが目的です。
水戸市動物愛護センター 所長の松田智行さんに聞きました!
7歳のシロキジの愛猫、モモちゃんと暮らす水戸市動物愛護センター所長の松田智行さん。幼齢猫が多く収容される春から秋は、自らも乳飲み子を自宅に持ち帰り、世話をする徹底ぶりです。
「当センターでも、ミルクボランティアさんを募集し、幼齢猫を授けることも考えましたが、先ず、自分たちが経験を積み、人の手で幼齢猫を育てることの大変さを、身を持って知ることが大切だと考え、職員たちが手分けしながら、仕事が終わると自宅に持ち帰るなど、離乳期の幼齢猫の面倒を見ています」
▲所長の松田智行さん
さぞかし苦労が多いと思いきや、松田さんの悩みは別のところにあるよう。
「センターの子猫を持ち帰る時は、感染症の心配があるため、子ネコが多く収容される時期は、我が家のモモと、あまり遊んであげられません。それが悩みです」
そう言いながら、猫たちがいるふれあい展示室に案内してくれた松田さん。
センター開設5年目を迎えた水戸市動物愛護センターの未来についても、こう語ってくれました。
「水戸市では目標のひとつに “人と動物が幸せに暮らせる街づくり” を掲げています。
それを達成するために、関係団体、ボランティアさん、市民との互いの理解を深めながら一丸となって動物愛護活動を推進していきたいです。多くの市民に足を運んでもらえる身近な施設として当センターが発展できればいいなと考えています。中核市となり、動物愛護センターが整備されたことで、人も犬猫も暮らしやすくなった、犬や猫に優しい街になったなと実感していただけるよう、今後も頑張っていきます」
その願いの隣には、動物や市民のために、自らが積極的に行動する職員さんたちの姿がありました。
動物が幸せな社会は、人間にとっても必ず幸せな社会になるはず―。
松田さんたちの思いは確実に一歩ずつ前に未来に向かって前進しています。
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▲ふれあい展示室の猫たち
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▲絵本専門士の飯塚さんの愛犬ジョンとふれあう子供たち
(取材:2024年8月)
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)
「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル