生前のグリーフケアこそがペットロスのケア
1.生前のグリーフケアこそがペットロスのケア
生前にグリーフケアを受けられず、病気や治療への不安や死への恐怖を高めていると「安全基地」となるわが子と自分のホームが失われてしまいます。それは心も体もパワー切れの状態。それではわが子が主役のハッピーエンディングを考えることは到底難しくなります。
病気や治療が主役になっていると、わが子が寿命を迎えた時に「この治療を選択しなければよかった」「この子を苦しめてしまった」「亡くなるならこの子の好きな食べ物をあげればよかった」など、治療や看取りへの後悔、自責や怒りが溢れてきます。そして悲痛期から次の回復期へ進むことがなかなかできずに長期化することで、出口の見えない苦悩を抱え心のエネルギーが失われてしまいます。
ペット主役のハッピーエンディングに結ぶことが、ペットロスを支える何より大きな救いとなります。
いつもできることができなくなったり、生活のリズムが変わることで不安になったり自信を失くしたり…そんなわが子のグリーフケアができるのは家族です。この子に病気が見つかっても、高齢になっても「その子の心は健康」なのです。
ペットの心模様は2歳くらいの子どもに似ていると思います。子どもがグリーフを抱えている時こそ、目の前で心配すると子どもはもっと不安や恐怖を高めるでしょう。「大丈夫、大丈夫」と優しく声をかけ、心を安全に守ること。この子はどうしたら安心できるだろう、喜ぶだろう、心地の良い姿勢はどんな感じかな…どうしても病気にフォーカスしてしまう目線をわが子へ向けると、日常にはうちの子の宝物がたくさんあり、プレゼントできることに気が付くでしょう。
「この子と一緒に生きている時間が残っている」「最期までこの子が喜ぶことをプレゼントできるのだ」この子を主役にしたハッピーエンディングは「ありがとう」を伝える最高のプレゼントになるはずです。
2.阿部先生のハッピーライフストーリー
家族で出かけてお家に帰ってくると、ベッドや床に吐いたものが目に入りました。あれっ、これはフラットが吐いたの?なんとなくいつもと違うフラットを見ながら、食べすぎかな…いつもより大人しいかな…しばらくするとミャーって甘えてきたから大丈夫かな…でも胃腸炎もあるかな…などと考えながら少し様子を見ていた私。
しかし夕方になってもごはんを欲しがらない、これはおかしい!食いしん坊のフラットが食べに来ない…迷ったけれど動物病院に連れて行った方が良いと判断して知人の病院へ。
数か月前に吐きやすかった時には血液検査で異常はなく、胃腸炎の治療をしてすぐに回復。私は「また胃腸炎だろうな」と皮下点滴と吐き気止めを処方してもらおうという考えでした。それがまさかの急性腎不全。私も呆然として「えっうそでしょう。フラットが腎不全???」まさに衝撃期の状態になっていました。
診断を受け止められなくて「今朝まで食べていたのよ」「前の検査で腎臓大丈夫だったよね」「えーっどうして!」今思うとドクターを困らせてしまったと思うのですが、その時は獣医師ではなく、一人の現実を信じられない飼い主でした。
レントゲンを撮ると、ここでも新たな事実が発覚。「フラットの腎臓が右しか写っていない。一つしかないんだ。」
その一つしかない腎臓が大きく腫れている画像。「えーっうそでしょう!一つしかないの?」「いつから?」また衝撃が走り、とてもすぐには信じることができない自分がいました。
ドクターにとってもおそらく思いがけない画像だったと思いますが、私のショックを見守ってくれたことを思い出します。そのおかげで気を取り直し、とにかく静脈点滴のために入院。フラットだってびっくりだよね!
12年以上前の日本での去勢手術以来、初めての入院。しかもマレーシアで。ここからはフラットのグリーフをなんとか和らげなくてはと、家にフラットの使っているタオルやトイレの砂を取りに戻り、大急ぎで病院へ。カラーをつけたフラットはなにも理解できず入院ケージの中で固まっていました。「大丈夫、大丈夫、フラット」「すぐお家に帰れるからね」一緒に家に帰るつもりのフラットの額を撫でたり抱っこしたり。家に戻ってからもフラットがひとりで過ごす夜を想像するだけで胸がどうにかなりそうでした。
翌日、エコーなどもう少し詳しい検査をするという流れだったので、祈る気持ちで病院へ。私の立ち合いで検査をするとばかり思っていたのですが、病院に着くとお腹の毛刈りをされ、検査も終わっていたフラットが入院ケージの中でとても悲しい顔をしていたのです。
フラットは我が家で唯一の男の子ですが、一番怖がりで甘えん坊。夜は必ず私や娘の体にくっついて寝る子。
これまでお家を離れた経験もなく家族との日常しか知らなかったフラット。病院では点滴を入れている間、まったく動かず、食べることもオシッコもしないとわかりフラットと相談。「とにかく今日はお家に帰ろう!」
お家に着くとすぐに妹猫りんとコトがフラットを囲み「兄ちゃん、どこに行ってたのよ?」フラットも病院とは全く違う表情で「おいらもびっくりだったよ」って。妹たちとおしゃべりしたあと、いつものソファでひと休み「ここがおいらの居場所だよー。」その夜は食欲増進剤の影響でごはんをガツガツ食べたあと爆睡。病院では眠れなかったのがわかりました。
フラットの姿を見ながら「お家でみんなで一緒にいよう」と自宅療養を選択。日本への帰国予定を変更し、フラットのそばにいることにしました。リズムの時、出張中に急逝してしまったグリーフが残る私に、フラットがチャンスをくれたように感じます。耳に塗るタイプの食欲増進効果のある薬は吐き気止めにもなり、お家に戻ってから一度も吐くことはなかったのですが、食欲もほとんどない日が続きました。
「フラット=食欲」でしたので食べて欲しくて色々と用意。でも食べないフラットにシリンジで無理矢理お口に入れていました。フラットが必死に抵抗してきた時、我に返ったのです。「私がグリーフを与えてしまう」「何をしているんだ、私は」何も悪くないフラットを怖がらせている…それからは「フラット、好きなようにしようね」「怖いことはもう絶対しないから許してね」と自由に。
残された時間、この子が喜ぶことやほっとすることはどんなことだろう…「フラットはどうしたい?なにしたい?」とフラットに聞きながら、娘たちと川の字で寝たり抱っこしたり、妹猫と過ごしたり…だんだん冷たい所を好むようになり、気づくと場所を変えながら横たわるフラット。その表情は決して苦しそうではなく、ゆっくり部屋の景色を眺めている…そんな様子に見えました。
そして迎えた最期のとき。私のベッドから見えるバスルームの床に寝ていたフラット。早朝「ミャオ、ミャオ」と私を呼ぶ可愛い声。体の向きを変えたいのかな…と抱き上げると呼吸が変化。これは最期の呼吸だと娘二人を起こしソファに座り「フラットお利口だね」「フラット、大丈夫だよ」「フラット、ありがとね」と3人でいつもの声で呼びかけていると、呼吸がゆっくり止まっていきました。
フラットは娘たちが出勤する前を選んでくれたのです。ハッピーエンディングをフラットがプレゼントしてくれたことに感謝でいっぱい。お家でフラットと日常を過ごし、抱っこしたり手紙を書いたり。フラットが亡くなってから6日目、家族みんなが揃って送り出すことができました。
フラットは我が家で初めて迎えた猫。病院に連れてこられたフラットは推定6か月。スーパーで保護され、体はガリガリ、声はガラガラ。人を求めて鳴きすぎたのだと思うと里親を探す間に愛着が湧き、娘たちも大賛成で我が家へ。ガリガリだったのを忘れるくらいに体格の良い男の子に成長。
10歳を過ぎてから肥満で関節に負担になることからダイエット。ようやく痩せてきたね、キャットタワーにも上れたねって褒めていた矢先の異変。
腎臓がそこまで悪くなっているとは気付けなかった私。いつから腎臓が一つになっていたのか…もっと早く知っていれば…獣医師なのに…後悔や自責。
フラットの遺骨をベッドに置いて、生前と同じように一緒に寝たり、膝に乗せてテレビを見たり。涙はありのままに流し、フラットに素直な気持ちを話す日々を過ごしながら気付いたのです。「こんなに悲しいのは愛してるからなんだ」と。「後悔するのはもう一度会いたいからなんだ」と。
私たちがフラットと出会い幸せだったのと同じように、フラットも我が家に来て幸せだったかな。腎臓が一つでも13年3か月亡くなる2週間前まで笑顔だったのは、我が家がフラットにとって安全基地だったのかもしれない。姿は見えなくても、フラットはそばで当たり前の日常を続けているように感じます。ペットロスもオンリーワン。フラットの存在は永遠に。
全8回のコラムでお伝えしてきた「動物医療グリーフケア」がペットと皆様のハッピーライフの今と未来を守ることができますように。
お話し
動物医療グリーフケアアドバイザー
獣医師 阿部 美奈子先生