人とペットの生活に生まれる「グリーフ」
1.愛するがゆえに生まれる「グリーフ」
人にとって「グリーフ・悲嘆」は、とても自然なこと。自分にとって大切な対象を喪失、または喪失するかもしれないと感じたときに誰にでも現れる、心と体の自然な反応です。
「大切」な対象は人によって違います。
例えば、夫や妻、子ども、両親や兄弟のような家族、親友や仲間、恋人のような「人」。犬や猫などの「ペット」。食べる、動く、寝る、トイレの自由も生きていく上でとても大切な行動であり「尊厳」です。
家、学校、会社、故郷のような「場所」。自然や安全社会などの「環境」。さらには手紙、お守り、ぬいぐるみ、貯金など目に見える「モノ」。仕事、趣味、ペットの世話、活動、地位、成 績、プライド、目的、自信、期待、信頼など目に見えない「気持ちや役割」 。また電気や水も重要ですね。
それから「自分自身」や自分はこうあるべきという「自己理想像」も否定されたり傷つけられた場合、強いグリーフを体験します。
このように考えると、私たちの身の回りは「大切な対象」であふれており、ペットと出会い笑顔で続けてきた「当たり前の日常」そのものが「大切な宝物」だと気づくことが出来ます。それゆえに、ペットが自分にとって大切であればあるほど、ペットがいつもと違う表情や行動を見せたとき「当たり前の日常の喪失」が起こるために、ペットライフに大きなグリーフが生まれるのです。グリーフは愛するがゆえに生まれる自然な反応なのです。
2.ペットが感じる「グリーフ」
ペットもグリーフを感じるのでしょうか?もちろん感じます。
ここでは愛猫の目から景色を眺めてみましょう。愛猫にとって一緒に暮らす人や動物は仲間のような存在です。愛猫にとってオンリーワンの名前、食べる、動く、寝る、トイレなどが安全に守られていることは、愛猫がペットとして生きていく上での尊厳と考えます。
そのほかにおもちゃや遊び、気持ちよく撫でられたりブラッシングされるふれあいの時間、お昼寝できる縁側や出窓、ソファなどのリラックスできる場所。また「猫」は高いところから景色を眺めたり籠の中に入ったり、自分の意志で動く「自由」を愛します。だからこそありのままの気持ちでマイペースに過ごせる毎日が「当たり前の日常」であり「大切な宝物」です。この住み慣れた「お家=ホーム」は愛猫が生きる上で一番大切な「安全基地=テリトリー」なのです。
人と出会ってから「名前」 を呼ばれ、「ふれあい」ながら「大好きな人の笑顔」がいつもそばにあります。「猫」は自己防衛の才能が高いと感じます。いつもとは違う空気をいち早く察知するため、そばにいる人がグリーフを抱えその日常に変化が起きた時、愛猫は不安や恐怖、緊張や警戒心を高めるでしょう。
動物医療グリーフケアではこれらの心情を「愛猫のグリーフ」と考えています。
3.ペットの幸せは人の幸せで成り立っている
人はペットが自分にとって大切な存在だからこそ、当たり前の幸せな日常を失ってしまう未来を想像するだけで、不安や恐怖を感じます。これを「予期グリーフ」と言います。
病気が治らないのではないか、いつかこのコがいなくなったらどうしよう…などこの先の喪失を想像して怖くなります。このように予期によって生まれるグリーフは人だけのものでペットにはありません。
ペットはどんなときも自分の「生」に誠実、困難があっても受け入れながらまっすぐに生きていきます。これは人には真似できない才能ですね!
たとえば眼球摘出により視力を失うことになっても、痛みがない生活にさえなれば、自分のペースで適応していきます。視力以外の優れた感覚、耳で音を聞き分け、匂いで場所を確認し、足裏のパッドからたくさんの情報を得ることで、これまでのように歩けるようになるのです。人から見るとまるで見えているかと錯覚するくらい、素晴らしい能力を持っています。
もし人がペットを見て「かわいそうに…」「この先どうなるのだろう」と不安になり「目が見えないなんて不運すぎる」とグリーフを抱えて沈んだ声でペットに話しかけるとどうでしょうか。
いつもの大好きな家族が悲しい声をしている。明るく呼びかけてくれた名前も「大丈夫??」に変わってしまった。
「危ない!」「だめだめ、そっちに行くのは」と注意されて、自由に動くこともできない。ペットの毎日は今まで送ってきた「当たり前の日常」では無くなります。
しかも、ペットにはなぜそうなってしまったのか理由がわからないために、いつもと違う声のトーンや話し方から、ドキッとして緊張を高めてしまい「ペットのグリーフ」が生まれます。
人にグリーフが起こった時、ペットの当たり前の日常が脅かされ、それが「ペットのグリーフ」につながります。人とペットにとって宝物である「当たり前の日常」「安全なホーム」を守っていくことがハッピーライフを続けるヒントです。日常の中で起こる様々なグリーフを上手く受け止め、どんなときもペットの心を元気にする方法を、次回以降詳しくお伝えします。
4.出会いStory マレーシアで出会った愛猫KOTO
犬のリズム(コーギー)スウィング(Mピンシャー)猫のフラット(黒白)リン(キジ白)とマレーシアに引っ越して3か月経った頃です。お散歩中に小雨が降ってきたので急いで帰ろうとした時、リズムが木の茂みに引っ張るので、みると小さな仔猫が。 両目とも目ヤニで汚れ、特に左目は腫れて瞼がくっついている状態。このままでは間違いなく死んでしまう…とにかく家で手当てしなくてはと連れて帰りました。
マレーシアでは借家、すでに犬猫4頭いたため、元気になったら里親さんを探す気持ちで治療。里親も決まりひと安心のはずが…「このコがいたらがんばれる」娘のひと言で始まったKOTOとわが家のハッピーライフ。異国で始まった学校生活。娘には心のエネルギー源が必要だったのです。
▲ KOTO 5週間
娘と仔猫は一緒に成長、ペットたちがお家で待っていてくれるからこそ、慣れない学校生活やカルチャーショックの中、いろいろな困難を乗り越えられたと改めて感じます。
リズム13歳の急逝ではリズムが残してくれたKOTOも大きな救いに。あの日あの時間に散歩に行っていなければ出会えなかったのです。「マレーシアに移住して心が不安定な時期、心を守る相手との出会い」は、やはり必然の奇跡だと思います。
お話し
動物医療グリーフケアアドバイザー
獣医師 阿部 美奈子先生