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シニア犬・シニア猫と暮らす

【連載コラム】シニア犬・シニア猫と暮らす Vol.6

  • クッキーちゃん
  • vol06

    クッキーちゃん

    (ウェルシュコーギー・ペングロープ)
    2008年6月14日生まれ 14歳(男の子)

    愛犬の心の声に常に耳を傾け続ける―。
    言葉を話せないペットたちの声が聞こえる瞬間。
    それは、彼らの表情の一喜一憂を見逃さないこと…

  • 13年前―。
    それは、三人の娘を立派に育て上げた浜田一子さん(62)にとって、人生を変える突然の出来事でした。

    「おかあさん、クラスメートで引っ越しする子がいてさ。犬を預かってほしいって言われたんだよ。ねえ、うちで預かってあげようよ。まだ1歳のコーギーだって!すっごく可愛いよ」
    当時、中学生だった次女の莉絵さんから「犬の一時預かり」をねだられたのです。一子さんは犬が怖くて苦手で「犬の世話」など人生の中で今まで一度も考えたことがありませんでした。

    反対に、長女の千尋さんも次女で双子姉妹の莉沙さんも犬が大好き!次女の莉絵さんのクラスメートの申し出に、娘たちはテンションマックスで、「我が家に犬が来る!」と、みな大はしゃぎを始めました。

  • 近所にお散歩のクッキーちゃん

    ▲近所にお散歩のクッキーちゃん

「聞いてみると、クラスメートの家にはその時、二頭のコーギー犬がいました。引っ越し先は集合住宅で、規約上、犬を一頭しか飼えないからもう一頭を預かってくれないかと頼まれたんです。変な話だな・・・と思いました。マンションの規約上の問題ならこの先も二頭は飼えないはず。預かるという表現に違和感を感じて、娘にきちんと話をしてくるよう言い聞かせました」

一子さんの言う通り莉絵さんがその後、話を聞いてみると「預かってほしい」のではなく「もらってほしい」というのがクラスメートの本音。
「一時的に預かる」のと「譲り受ける」では話は全く別。自分の犬として飼うのであれば、今後のライフスタイルは大きく変わります。

「一度犬を飼い始めたら、これから先、責任をもって、ずっと世話をしなくちゃダメだし、そもそも犬って散歩が必要でしょう?その散歩、どうするの?」
一子さんが聞くと、莉絵さんは「クラスメートが散歩なんて行かなくていいって言ってたよ」と、いともあっさり。その言葉に、一子さんは大きな違和感を持ったと言います。

  • 「犬を飼っている人はみんな散歩して歩いているし、犬を飼ったことがない私でも、それは絶対におかしいと思いました」
    犬に散歩は必須。特に譲り受ける予定のコーギー犬は牧羊犬で他の犬に比べても、運動量が多く散歩が必要な犬種です。しかもまだ一歳という若さ。クラスメートが言うことは明らかに間違っています。同時に、一子さんの中にクラスメートに飼われている犬は、今までほとんど散歩に行ったことがないのでは―?という疑問が沸きあがってきました。
    その時、散歩もろくに連れて行ってもらえないコーギー犬のことが急に心配になり、とても不憫に思えたのです。

    犬を飼うことには前向きではありませんでしたが、一子さん本来の「やさしさ」と「生真面目さ」が、「犬が苦手」という気持ちを超えたのでしょう。
    一子さんは、ついに一大決心。娘たちと話し合い「犬の面倒は、朝晩の散歩も含め、娘たちが順番で全部やる!」という条件付きで、コーギー犬のクッキーを我が家に迎えることに決めたのです。

  • クッキーちゃんとお散歩中の次女、莉絵さん

    ▲クッキーちゃんとお散歩中の次女、莉絵さん

お世話のバトンタッチがきっかけで、育まれたクッキーへの愛情

無事、浜田家の家族の一員となったクッキー。それでも、犬が苦手な一子さんはなかなか慣れず、クッキーがそばに近づくと怖くて「来ないで・・・」と逃げるほど。
幸い、娘たちは、一子さんとの約束を決して破ることなく、朝夕の散歩も含め、きちんと世話を続けていました。

それから数年が過ぎ、クッキーがいる生活にも慣れてきた一子さんは、娘任せだったクッキーのお世話係を自ら担う決心をしたのです。
「理由は、娘たちが大学に進学したこと。とにかくしっかり学業に専念してほしかった。忙しい娘たちのために、クッキーのお散歩を私が代わって行くことにしました」

  • 一子さん自身も正社員として働く会社員でしたが、その日から、朝はクッキーの散歩のために起床時間を一時間繰り上げ、夕方も仕事から帰るとなにはさておき、クッキーの散歩に出かけるようになりました。
    そんなふたりだけの散歩時間が、一子さんとクッキーの信頼関係を大きく育んだのでしょう。一子さんは、犬が苦手な人だったと思えないほど、誰よりもクッキーの世話を焼き、可愛がるようになっていったのです。

    気が付けば13年-。
    下の双子の莉絵さん、莉沙さんは結婚して家を離れ、現在は、同居している長女の千尋さんと二人で協力してクッキーのお世話を担っています。それでも、散歩はもっぱら一子さんの役目。今では一子さんにとって、大切な日課です。

  • 14歳を過ぎたクッキーの足取りは、以前に比べゆっくりになっていますが、雨の日も、台風の日も、クッキーと朝夕一時間ずつの散歩を楽しみます。
    「娘も私たち夫婦も朝から晩まで仕事で留守。クッキーにしてあげられるのは散歩しかないなあといつも申し訳なく思っています。クッキーは言葉を話せないから、寂しいのかな?具合が悪いのかな?といつもクッキーの顔を見ては、クッキーの声を聴こうとしています。
    言葉を話せないんだから、表情でその心を察してあげなきゃと、娘にもずっと言い続けてきました」

    一子さんにとって、クッキーの「心の声を聴くこと」は愛情のバロメーター。
    そして犬が苦手で怖かった一子さんの「愛情の扉」を開いたのは、言葉を話せない犬のクッキーだったのです。

  • クッキーちゃん、一子さん(左)と長女 千尋さん(右)

    ▲クッキーちゃん、一子さん(左)と長女 千尋さん(右)

心の声に耳を傾けると、健康状態も手に取るようにわかる

  • 愛犬の心の声をしっかり聴くことは、健康状態の把握にも役立ちます。
    癌を含め、これまで三度の手術をも乗り越えてきたクッキー。
    そこにもやはり、一子さんの一途な愛情がありました。

    クッキーの具合が悪い時は、会社を早退して自宅に戻るほどの気遣い様です。
    「仕事、仕事で、ほとんど家にいない私にできることはたくさんのお散歩と、こまめな健康チェックだけ。働いて寂しい思いをさせている分、医療費も惜しまないし、ずっと健康でいてほしい」
    今では一子さんにとって、クッキーは目の中に入れても痛くない末っ子の長男のような存在。とにかく可愛くて、何かあれば心配で、気が付けばクッキー中心の生活となっていました。

    「夏はエアコンをつけて、扇風機三台回して仕事に出かけるんです。幸い娘が営業の仕事をしているため、外回りの途中でときどきクッキーの様子を見に家に立ち寄ってくれます。
    その都度、エアコンの温度を調整して、留守中、クッキーが快適に過ごせているか、ラインでやり取りしながらクッキーの様子を共有します」

  • 遊び疲れて眠くなったクッキーちゃん

    ▲遊び疲れて眠くなったクッキーちゃん

すでに、親離れ、子離れしていても、いざクッキーのこととなるとピタッと息が合った協力体制が取れる母と娘。喧嘩をして互いが険悪なムードでもクッキーが介在することで、気まずい空気が一気に浄化されるといいます。
「クッキーは、家族の緩衝材のような存在。いてくれるだけで空気が一気に和みます」と一子さん。

一方、立派な社会人となった千尋さんは、人間の勝手な理由で飼い犬や猫を放棄する報道をテレビで見るととても胸が苦しくなるといいます。
「癒されることをペットに求めるのなら、飼い主も、家族の一員として、ペットを大切に、最期まで責任を持って過ごしてほしいと思います。少しでもこういう報道が減る事を祈ります」 学生時代から今に至るまで、13年間、ずっとクッキーの世話を続けてきた千尋さんの言葉には説得力があります。

  • そんな千尋さんと一子さんは、動物病院に行くときも常に一緒。クッキーについては、すべての情報を共有し、治療方針などについても話し合います。

    「クッキーももうおじいちゃん。あとどれだけこの先一緒にいられるのかなあ、と介護のことも含め、いろいろ考えています。私の会社は68歳まで務めることができるのですが、クッキーとの時間を大切にするために、そろそろ退職しようかな、と真剣に考えています」
    愛犬の老後のために仕事の退職まで考えている一子さんは、足取りがゆっくりになったクッキーを愛しそうに見つめながら続けます。

  • 千尋さんと遊ぶクッキーちゃんと、次女 莉絵さんの愛犬モコちゃん

    ▲千尋さんと遊ぶクッキーちゃんと、次女 莉絵さんの愛犬モコちゃん

「クッキーを天国に送る日は、必ず来ます。考えたくなくても、必ず来るのであれば考えなくてはいけない。それが、飼い主の責任だから・・・。これからはクッキーとの思い出づくりに専念します」

その思い出の多くは、クッキーとの散歩。
晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も、夏は早朝の眠気と闘いながら、毎日、毎日歩き続けた散歩道は、クッキーとの思い出がたくさん詰まった場所です。多くの犬友達とも出会うことができました。
「クッキーがいなくなっても、私は毎日、この道を歩くと思います。この道はクッキーとの思い出に触れることができる場所だから・・・」
 
“言葉を話せない愛犬の心の声を聴こう―!”

それは、一子さん自身の心の中にある「やさしさ」に出会った瞬間でもあります。
クッキーはそんな一子さんのやさしさに包まれ、残りの人生(犬生)を共に歩みます。

一子さんは13年間ずっと思い続けてきました。
「クッキーと話ができたら、何を考えているか聞いてみたいな!」
話ができなくても、一子さんを見つめるクッキーの答えはたったひとつ。
 
“ぼく!おかあさん、だあい好き!”

言葉がなくても、互いの信頼関係があれば、きっと、ずっと、最期まで分かり合える―。それが、長い年月を共に過ごした老犬と飼い主なのです。
(取材:2022年8月)

取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)

児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事

主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。

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