【連載コラム】シニア犬・シニア猫と暮らす Vol.8
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ミューちゃん(黒猫)
2006年生まれ 享年16歳(女の子)
ピノくん(白黒八割れ猫)
推定2011年生まれ 12歳(男の子)
飼い主として最も大切なこと―。それは看取り。
愛犬・愛猫の最期に真摯に向き合い、見送ることが、
幸せをくれた犬や猫たちへの最大限の恩返し
両親が大の犬猫好きで、生まれた時から犬猫に囲まれ、これまでの人生のすべてを犬猫と一緒に暮らしてきた佐藤美樹さん(62歳)。佐藤さん自身が終生飼育し、看取った愛猫は25頭。犬は10頭以上に上ります。
その美樹さんが、一匹の子猫と出会ったのは2006年夏のこと。自宅にいる時、子猫の鳴き声が外から聞こえたことがきっかけでした。
「猫の鳴き声・・・特に子猫だとわかったら、もう放っておけない。とにかく助けなきゃと体が勝手に動くんですね。それで、あわてて外に出て、声のする方を探してみたのですが、人を警戒してか、近づくととたんに鳴き止んで息をひそめてしまう・・・。何とか保護しようと必死に探しましたが、結局、その日は見つかりませんでした」
それから三日ほど過ぎた日の夜「ギャー、ギャー」という猫の鳴き声が、再び美樹さんの耳に届きました。慌てて懐中電灯を片手に声のする方に近づいていくと、お隣の庭で小さな黒い子猫がうずくまっているのが見えました。
「何とか捕まえようとしたのですが・・・すぐ逃げられて、その時も捕まえることができませんでした・・・」
人間を極度に警戒していたことから、野良猫が生んだことは間違いありません。
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しかし、母猫の姿は見えず、このままでは夏の暑さで子猫は死んでしまいます。それからも夜中に声が聞こえるたびに懐中電灯を持って保護に向かいますが、黒い子猫を暗闇の中で見つけるのは簡単ではありません。美樹さんが近づくとピタッと鳴きやんで気配を消すため捜索は困難を極めました。
そしてそれは、初めて子猫の声を聞いてから一週間後のこと。明け方の4時頃、再び子猫の鳴き声を聞いた美樹さんが、声のする方を探していると、近くの空き地に黒い子猫が鳴きながら美樹さんを見ているのです。
「・・・おいで・・・怖くないよ・・・」
美樹さんが子猫に声をかけると、まるで待っていたかのように、子猫が美樹さんの方に自ら歩いて助けを求めたのです。
夜明けに我が家にやってきたから「夜明けのミュー」。
ミューと命名された子猫は、その後、病気一つせず美樹さんの飼っていた猫のカブ、犬のモモとサクラと共に美樹さんの家族となり元気に暮らしていました。 -
▲ミューちゃん
先住猫のカブは、アメリカンショートヘアーの純血種の猫ですが、山で捨てられていたところを美樹さんに保護され、家族となった猫。犬のモモとサクラも、隣県の動物愛護センターから引き取った犬でした。
「私の父も犬や猫が大好きですが、ペットショップやブリーダーから購入したことは一度もなく、これまで家族となった犬も猫も事情があって我が家にやってきた子たちばかり。そんな経験から、動物愛護センターに収容されて殺処分となる命について、考えない日はありませんでした」
捨てられた命を何とかして助けたい―。その思いは、日に日に強まっていきますが、自分の家族として飼うのには限界があります。
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考えた末、美樹さんは、在住する神奈川県の動物愛護センターに収容された猫を一時的に預かり、新しい飼い主を探す保護ボランティアを始めることに。
それからというもの、美樹さんは年間50頭以上の猫を保護し、新しい家族のもとに送り出すことで、多くの小さな命を繋いできたのです。自分の家族として飼うことはできなくても、自分と同じように猫を大切にしてくれる家族に命を託すことができる―。それは、美樹さんにとって心底やりがいのあるボランティア活動でした。 -
▲保護子猫の世話をする佐藤さん
そんなある日、美樹さんに新たな出会いが訪れます。保護ボランティアとして登録していた県の動物愛護センターに、黒白八割れの成猫(当時3,4歳)、ピノが収容されていたのです。職員さんに聞くと、ピノは交通事故にあい、動物病院で治療を受けた後、センターに収容。事故のキズは軽かったのか体に何ら不自由なく、五体満足できれいな猫でしたが、飼い主希望者が見つからず、一年以上センターのケージの中にいました。
それもそのはず、ピノは異常なほどの人間不信で、超凶暴なピノに新しい飼い主さんが見つかるわけもなく、美樹さんがボランティアのため、センターに出向いた時には、いつもケージの中で「シャー!シャー!」言っていたのです。
「まだいるなあ・・・。次に行ってもまだいる・・・そうこうしているうちに1年以上が過ぎていました。とにかく凶暴な猫だったので、誰からも声がかからなかったんです。センターの収容頭数が飽和状態になったら、真っ先に殺処分候補になっていたと思います。それくらい、人間に対しての威嚇がひどかったですね」
このままでは、ピノはずっと狭いケージの中で過ごすか、運が悪ければ殺処分となってしまう―。ついに美樹さんはピノを自宅に連れて帰ることにしたのです。
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想像通り、自宅でのピノは、美樹さんを見ると威嚇し、怯え、シャーシャーうなり続け逃げ回ります。少しでも触れようとするとひっかかれたり咬まれるので、まずはケージ飼育からスタートです。
美樹さんがピノのためにしてあげられるのはトイレと食事のお世話のみ。そして「もう安心していいんだよ。ピノ」とケージの外から優しく声をかけてあげることだけでした。
まずは人と楽しく暮らせるための馴化が必要ですが、簡単ではないように美樹さんには思えました。 -
▲ピノくん
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「慌てずのんびり慣れてくれればいい・・・」そんな気持ちでピノのお世話を続けていた美樹さんですが、美樹さんの毎日の「声かけ」のおかげか、自宅に連れて帰ってわずか一週間でピノに変化が・・・。
ケージの外から手を入れても威嚇しなくなり、少しなら体に触れることができるようになったのです。同時に美樹さんはピノへの「声かけ」を忘れません。
「もう安心していいんだよ!怖くないからね・・・」
その何日か後にはケージから出して抱いてあげると、ぶるぶる震えながら美樹さんの膝の上に乗るようになったのです。
「嬉しかったですね!ピノ!信じてくれてありがとうって・・・。これまで辛い思いをしてきた分、我が家で精一杯愛情を注ごうと、我が家の家族に迎え入れました」
その瞬間からピノは別猫のように震えなくなり、目に輝きを取り戻し、恐怖から解放されたようになったと言います。 -
▲ピノくんと佐藤さん
それからというもの、ピノは先住猫ミューとも仲良しになり、次々やってくる保護猫たちの面倒まで見てくれるように。自分の猫がアシスタントをしてくれて、手がかからなければ、保護活動にも集中できます。美樹さんは、次々と猫を保護し、新しい飼い主さんを探す日々を送っていました。
そんなある日のこと。高齢で15歳を過ぎたミューに、乳がんが見つかったのです。
「獣医師さんは、手術して乳腺を全部取ることを勧めたのですが・・・。私は15歳という高齢での手術が果たしてミューにとっていいのか、どうか、ということを考えました」
猫の場合、乳首は6個~8個あるため、乳腺切除となるとかなり広範囲を切り取ることになります。高齢猫には麻酔のリスクもあり、手術をしても100%元気になる保証はありません。
それが高齢のミューにとってどうなのか―?
「ミューは大切な家族。もちろんずっと、ずっと長生きしてほしい・・・。でも飼い主が望むことのために、ミューが痛い思いをしたり、苦しい思いをするのは、飼い主として正しい決断とは言えない。大切なのは、ミューのQOL(生活の質)です。ミューにとって一番いいのは、何か。その決断を正しくすることが、ミューへの愛情だと思うし、これまで看取った子に対しても、常に彼らのQOLを真っ先に考えて向き合ってきました」
これまで多くの犬猫と暮らし、その最期を看取ってきた美樹さんに迷いはありませんでした。15歳を超えての手術はミューにとって過酷なものでしかないと思ったのです。美樹さんは、迷うことなく手術を拒否し、残された時間をミューと一緒にめいっぱい過ごそうと考えました。
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その気持ちがミューに届いたのでしょう―。
ミューは、その後も食欲旺盛で元気な姿のまま、無事16歳のお誕生日を祝うことができました。
しかし、病魔は確実にミューの体を蝕んでいきました。
胸のしこりが徐々に大きくなり、後ろ足が血栓症(血の塊が血管を閉塞する)で、突然歩けなくなり、そのわずか一週間後には食事も水も摂れない状態に・・・。
徐々に呼吸が荒くなるミュー。
「いよいよお別れの時が来た」と美樹さんは覚悟を決めました。
「ミュー・・・今までありがとうね・・・」 -
▲晩年のミューちゃん
美樹さんは、ミューを自分の膝の上に乗せ、何度も、何度もこう語りかけたと言います。
「ミューも、私と隣にいた主人に、何かを伝えたかったんだと思います。ずっと、ニャー、ニャー鳴いていました」
その姿を見て、美樹さんはそっと言いました。
「ミュー・・・もういいよ・・・楽になっていいよ・・・」
次の瞬間、ミューが深呼吸したかと思うとお腹が大きく波打って、ミューはそのまま美樹さんの膝の上で息を引き取ったのです。美樹さんは、自分が見送った犬・猫の最期を振り返りながら言います。
「犬や猫を飼ったら、家族として愛情を注ぎ、一生、世話するのが、飼い主の責任です。そして、その責任は、預かった命の最期の瞬間を看取るまで続く、ということを、私たち飼い主は、忘れてはいけないんです」
“犬や猫が好き!でも、死ぬのが可愛そうで見ることができない―。”
“大好きだから、自分より先に死んでほしくない―。”
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時に、そんな声も耳にします。
しかし、犬も猫も飼い主がいなくては生きてはいけません。
本当に家族として愛しているのなら「愛犬・愛猫の看取り」は飼い主としての最後の責任であり、最高の愛情の証なのです。
なぜなら、すべての犬猫は、大好きな飼い主の声や匂いに包まれて最期を迎えたいと思っているはず。
これまで多くの犬猫を看取ってきた美樹さんは、そのことを誰よりも知っていました。 -
▲保護子猫たち
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2022年1月、ミューは16年の寿命を終え、美樹さんのもとから天国に旅立っていきました。その様子をピノがそっと美樹さんに寄り添うように見守っていたのです。
若かったピノも、今ではもう12歳-。
しかし、あの頃のピノより、今のピノが一番愛おしいと美樹さん。
「信頼関係と愛情は正比例する。信頼関係が深まるほど、愛情は深まっていく―。ピノのように人間不信に陥っていた猫ほど、信頼関係が築かれた時の愛着は大きい。その愛着が最大限になるのは、きっとこの世界から去る時-。だからこそ、しっかりと看取ることが大切なんです」 -
▲佐藤家の猫たち
私たち飼い主が若かりし頃の愛犬・愛猫と過ごす時間は、信頼関係の構築の時間-。
シニアになった愛犬・愛猫と過ごす時間は、信頼関係の確認の時間-。
そして、彼らの旅立ちの日は、その信頼関係の確認を最も必要としている最期の時間-。
その信頼に応えるためにも、どのような看取りがお互いのために一番いいのか、愛犬・愛猫が若い頃から考えておくことが大切です。
いずれ来る我が子の最期-。
それは、私たち飼い主が「命を預かった責任」を全うできるか、どうかが問われる瞬間であることを忘れてはなりません。
(取材:2023年5月)
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル