【連載コラム】シニア犬・シニア猫と暮らす Vol.10
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ハルちゃん(柴犬)
2006年8月7日生まれ 17歳(女の子)
3頭目の愛犬を見送った時、もう犬は、飼わないと決めていた―。
その直後、行き場を失くした11歳の老犬が、現れた。
新しい飼い主が見つからなければ、行先は動物愛護センター・・・。
そして、運が悪ければ殺処分となる。
考える間もなく、ハルを家族として受け入れていた―。
三頭の犬たちとの暮らしのあとで・・・
北原稔さん(72歳)と妻の雅子さん(66歳)が、ミックス犬の子犬・華(ハナ)を家族として迎えたのは今から24年ほど前-。当時、小学生だった娘が、犬を飼いたいと言い出したことがきっかけでした。もともと夫妻は犬好きだったため、話はめでたく、すんなりまとまったと言います。
その後二年が過ぎ、散歩の途中で知り合いから「子犬いらない?」と声を掛けられた雅子さんは、新たにゴールデンレトリーバーのミックス犬の子犬・葵を迎えることに。二頭の犬との暮らしを大いに満喫していた雅子さんは、さらにその数年後、近くの公園で一頭の飼い主不明犬と出会います。
首輪はしていませんが、人懐こくて、毛艶もよく、野犬のようには見えません。迷子犬だろうと思った雅子さんは、近所の人たちと飼い主さんを探しますが、飼い主らしき人が見つからないまま数日が経過。やがて、どこからか犬を保健所に引き渡そうという話が雅子さんの耳に届き、雅子さんはその犬を引き取ることにしたのです。
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こうして北原家には華、葵に続いて、三頭目の犬・チビが仲間入りしました。
中型犬二頭と大型犬一頭との生活は、お金もかかり、散歩にも手間がかかりましたが、雅子さんは三頭との生活が楽しくて仕方ありません。夫の稔さんが多頭飼育に理解を示してくれたことも、大きなサポートです。
「犬のいない生活なんて考えられない!それくらい犬との暮らしは私たち夫婦にたくさんの幸せをくれました」 -
▲歴代ワンコたち(左からチビ・華・葵)
雅子さんが大きな犬三頭を連れて散歩をする姿は、近所でも有名です。
そのおかげで、友達はどんどん増えていき、人間同士の付き合いにおいても、犬との暮らしはなくてはならないものになっていきました。しかし三頭との楽しい日々は、あっと言う間に過ぎ、華は11歳、葵は13歳で天国にお引越しをしてしまいました。
そして、三頭目のチビを14歳で看取った時、雅子さんは60歳、夫の稔さんは66歳になっていました。
「最後のチビを看取った時、もう犬は飼わない。そう夫婦で決めていました。この年から子犬を飼うと、その子を看取る時、私は後期高齢者、主人は80歳を過ぎているでしょう。その命に最後まで責任を持てるかどうか・・・」
自身が高齢期に差し掛かったこともあり、きっぱり犬との暮らしを引退した北原夫妻。多頭飼育でこれまであまり旅行に行けなかったこともあり、今後は夫婦で旅行を存分に楽しみたいと考えていたのです。
行き場のない柴犬の老犬・ハルちゃんとの出会い
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チビが天国にお引越しして、二か月が過ぎ「シニアライフで旅行満喫!」と思っていた矢先のことです。
雅子さんの耳に「飼育放棄された柴犬の新たな飼い主さんを探している」という話が届きました。名前は「ハル」。
事情を聞くと、元の飼い主が引っ越しを理由に飼育放棄したというのです。
その後、新しい飼い主さんが決まったものの、先住犬との折り合いが悪く、迎え入れることを断念。このまま新たな飼い主が見つからなければ、保健所送りになると言います。
「保健所」と聞いた雅子さんは、チビを迎え入れた時のことを思い出して、暗澹たる気持ちになりました。 -
▲ハルちゃんと北原さんご夫妻
しかもハルちゃんは11歳の老犬だと言います。
「老犬で保健所に行けば、間違いなく殺処分になってしまうのでは・・・。そう思うといてもたってもいられなくなりました・・・。私たち夫婦も高齢期に差し掛かり、もう犬は飼えないと思っていましたが、11歳のハルなら寿命を全うするまであと数年。それなら何とか最期まで面倒みきれるかな・・・と思ったんです。逆に老犬だったことが幸いして、迎え入れる決心がついた。チビがいなくなって、寂しいと思っていただけに、すぐ気持ちは決まりました」
雅子さんが「ハル、うちに来る?」と言うと、その言葉を待っていたかのように、ハルちゃんは、シッポをふってついてきたと言います。
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雅子さんと出会い、九死に一生を得たハルちゃん。
ところが、北原家に来たハルちゃんは食事を全く食べません。心配した雅子さんが動物病院に連れて行くと、様々な問題が見つかりました。
「卵巣に病気があることがわかり、フィラリアも陽性。避妊手術も受けていないことがわかりました。前の飼い主はハルをペットショップで衝動買いでもしたのでしょうか?血統書だけはあるものの、すぐに飽きてしまったのか、ハルの面倒をほとんどみていなかったと思います。散歩にも連れて行ってもらえなかったのか、ハルの肉球は赤ちゃんみたいにプカプカで、外を歩いた様子もなかった・・・。そのため、社会化がまったくできていなくて、他の犬とあいさつもできず、いつもガウガウ言っていました」
ハルちゃんを引き取って早々、卵巣手術に、不妊手術、フィラリアの治療などで病院通いを続けた雅子さん。心臓にも疾患があって継続して薬を飲ませ、以降、病院通いが必須となったのです。 -
▲食事時にハルちゃんを支える雅子さん
まだまだ、ゆっくり、一緒に年をとろう!
ハルちゃんが、北原夫妻のもとへきて、6年が過ぎ、ハルちゃんは17歳になりました。
病院通いは相変わらずで、心臓が悪いため、突然発作を起こし、倒れることもしばしばです。
「薬はずっと飲んでいますが、一年に2,3度、発作が起きて倒れます。胸を擦ってあげると楽になるのか、しばらくすると普段通りになるので、今は病気と上手に付き合いながら生活しています」と、雅子さん。
ところが数か月前に、サンルームで倒れたハルちゃんの様子はいつもとは全く違っていたと言います。
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「ウンチもオシッコも垂れ流しで、口から真っ白な舌を出して動かなくなっていました。一瞬で、もう駄目だ・・・と思った・・・・。それでも、何もせずにはいられなくて、いつものように必死で胸のマッサージを続けたんです」
その思いが届いたのでしょう―。ハルちゃんは、息を吹き返して雅子さんを見てシッポをふったのです。
「まだ一緒にいてくれるよね・・・、まだ一緒にいようねって・・・その時はうれしくて涙が出ました・・・」 -
▲ハルちゃんを抱っこして散歩
シニア期に入った犬や猫を新たに迎えるのは容易ではありません。北原家のハルちゃんのように、医療費の負担も大きく、以前の飼育状況によって、社会化ができていないなど、様々な問題を抱えている場合が多いからです。
それでも、ハルちゃんは、北原夫妻の大切な家族。持病のケアにも余念はありません。
犬同士の社会化問題も、雅子さんの犬友達の協力もあり、北原家に来てからハルちゃんは徐々に他の犬とも上手に挨拶ができるようになっていったのです。
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70歳で仕事を退職した夫の稔さんも、今では積極的にハルちゃんのお世話に参加して、これまでにない可愛がり様です。
退職後、市民大学で短歌を学んでいる稔さんが詠むのは、
ハルちゃんのことばかり―。
高齢犬となったハルちゃんと高齢者となった自分の気持ちを照らし合わせた稔さんの短歌からは、ハルちゃんへの深い愛情がしみじみと感じられます。 -
▲ハルちゃんの歩行を支えるご主人
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稔さんと雅子さんの愛情を一心に受けて、持病と付き合いながら、のんびりと幸せな老後を過ごすハルちゃん。
その姿を愛しそうに見ながら、雅子さんはこう言います。
「もう目もほとんど見えていないし、17歳前後から、認知症の症状も出始めた。狭いところに入りこんだり、徘徊したり・・・。先住犬の華は11歳、葵は13歳、チビも14歳で、みんな病気で天国に行ってしまったから、いわゆる超高齢犬介護は、ハルが初めてです。これから私たちと一緒に、ゆっくり年をとっていってほしい・・・。幸い、ハルは足腰が丈夫で、散歩も十分できる。顎も歯も丈夫でご飯もしっかり食べる。発作さえ何とかなれば、まだまだ長生きできると思います」
ハルちゃんが病気を持ちながら、ここまで長生きできたのは、北原夫妻のハルちゃんへの愛情があったからです。
犬は、飼い主を選ぶことができません。ハルちゃんの幼年期から壮年期は、飼い主に散歩すら連れて行ってもらえず、病気の治療もしてもらえず、辛いことばかりだったことでしょう。
でも、ハルちゃんにとって、北原家に来てからの6年間は、その「辛い過去」を忘れるほど幸せで満たされていたに違いありません。だからこそ、元気に長生きできるのです。
目指すは18歳-!
稔さんは、ハルちゃん18歳のお誕生日に、どんな短歌を詠むのでしょうか―?
ハルちゃんの長生きと共に、稔さん、雅子さんの楽しみもまたひとつずつ増えていくはずです。
(取材:2023年11月)
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル