【連載コラム】シニア犬・シニア猫と暮らす Vol.11
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老犬ホーム&ペットホテル
「九十九里パーク」犬の「命の時間」は、人間とは比べ物にならないくらい、短い。
多くの喜びや、幸せをくれた愛犬たちが、年老いて介護が
必要となった時、私たちは何をしてあげられるのだろう―。
愛犬の老後の世話は、飼い主さんができる「最高の恩返しの時間」-。
しかし、飼い主さん自身の病気、仕事など、様々な事情で、
自らが世話をできない場合もある。そんな時に、心から信頼でき、
頼れる場所があれば、どれほど心強く感じるだろう―。
老犬ホーム「九十九里パーク」は、飼い主さんと離れていても、
犬たちが笑顔で毎日を送っていける場所だ。
まだまだ馴染みの少ない「老犬ホーム」。どんなところで、
どんな犬たちが、ここで毎日を過ごしているのか聞いてみた。
千葉県山武郡九十九里町の片貝海岸近くに位置する九十九里パーク。
総敷地面積2200坪ある広大な3つのドッグランでは、犬たちがのびのびと楽しそうに自由に遊んでいます。
同施設は、「老犬ホーム」と「ペットホテル」を運営しており、手入れが完璧に行き届いたコンテナホテルには犬100頭ほどを預かれる部屋が冷暖房付きで完備。24時間体制で広々とした全室個室体制で、30名のスタッフ(常時10数名)が、適度な室温湿度を管理しながら犬たちのお世話をしてくれます。
犬たちが預けられる事情は様々ですが、多くが「飼い主さんの健康上の問題で愛犬の世話ができない」といった理由。預かりパターンとしては、ペットホテルとして「長期預かり」を希望するケースと「老犬ホーム」として終生預かりをするケースのふたつにわかれます。
自然豊かな笑顔いっぱいのペットホテル
「長期預かり」としてドッグランを元気に走っているのはラブラドール・レトリーバーのカイ君。
まだ一歳ですが、飼い主さんが高齢の婦人で、足を悪くしてしまい大型犬のカイ君の散歩が困難になって、ここに預けることに。まだ一歳という年齢や、人気犬種ということを考えれば、終生大切に可愛がってくれる人への「譲渡」で、問題解決できるのでは、と思いますが、そのご婦人にとって、カイ君の存在は「リハビリ」を頑張れる大きな支えとなっているといいます。
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「彼女は、カイ君ともう一度暮らせる日を取り戻すため、リハビリを頑張っていらっしゃいます。必ず愛犬を迎えに来る、という大きな目的があるから、リハビリも頑張ろうと思えるんでしょう。そういった飼い主さんたちの思いを大切に、お迎えに来てくれる日まで、笑顔で元気に過ごせるよう、飼い主さんに代わってお世話させていただいています。
また、ゴールデンドゥードゥルで4歳のベルちゃんも似たケース。飼い主さんが癌で入院したため、ここで預かっています。その方もベルちゃんを迎えに来る日のために、頑張って辛い治療に励んでおられます。愛犬がまさに一番の薬となっているんですね」
そう語ってくれたのは、同施設勤務8年のベテランスタッフ岡田りょうさん。 -
▲オープン当初から施設を支えるスタッフの岡田りょうさん
毎日の世話は大変ながらも、大自然の中で犬たちのために働く日常はとても楽しいと岡田さんは言います。
「多くの犬は、飼い主さんと離れて一、二週間ほど経つと、いつまでも迎えに来ない飼い主さんを思って、ホームシックが始まります。普通、旅行などで預ける場合、飼い主さんと離れているのはせいぜい数日な程度。なので、一週間も過ぎると“あれ?お迎えがないぞ”っと思うんでしょうね。食事を食べなくなったり、お腹を壊したり、内臓の機能が低下するので、こういったことにも予測の上で、細心の注意を払ってお世話しています。犬たちには、この素晴らしい環境の中で、太陽をたくさん浴びて、自由に歩いて、のびのびと過ごしてほしい」
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その言葉通り、日当たりのいいドッグランで元気に走ったり、広々とした個室で過ごす犬たちはみな笑顔で、見ている側も思わずほっこりした気持ちになります。
その日の犬の体調にもよりますが、犬たちは一日3回ドッグランでお散歩しているので、運動不足からくるストレスも皆無。散歩が終わると、コンテナホテルの中でくつろく犬たちは驚くほど静かで落ち着いています。
飼い主さんが会いに来るのは平均して一か月に一度ほどですが、月に一度は散歩の様子や室内での過ごしている普段の様子、また月替わりのイベントの様子を撮影して各10枚ずつ、合計20枚ほどを写真で送ってもらえるので、飼い主さんも可愛い我が子の様子を定期的に確認することができます。 -
▲広々としたドッグランでお散歩中の犬たち
老犬ホームとして「終生預かり」から「看取り」までを担う施設
当施設では、高齢犬など「終生預かり」する「老犬ホーム」としても、多くの飼い主さんが利用しています。
16歳の柴犬エレタ君は、飼い主さんも高齢で認知症を発症したため、自宅での飼育が困難になり、家族の提案で「終生預かり」の老犬としてここにやってきました。16歳という高齢ですが、ドッグランや近くの片貝海岸をぽてぽてと走る姿はまだまだ元気で笑顔いっぱい!入所から一か月ほどですが、すでにスタッフにも懐き、笑顔で毎日を送っています。
この施設で、「老犬ホーム」として預かり依頼が多いのは認知症を発症した犬です。
犬も高齢になると「徘徊」「狭いところに挟まって出られなくなる」「昼夜逆転による夜鳴き」など、人間同様様々な問題が起こります。中でも、飼い主さんが最も悩むのが認知症による「夜鳴き」。
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介護のお世話は飼い主さんのみの問題ですが、夜鳴きは、飼い主さんだけが我慢すれば済む問題ではなく、近所に大変な迷惑がかかるからです。認知症で入所した犬の飼い主さんの中には、夜鳴きを誹謗する差し出し人不明の手紙や、クレーム、無言電話など、人間同士のトラブルに疲れ果て、自身で世話を続けることができず、愛犬をここに預けたというケースも。そんな飼い主さんの最後の砦となり、安心できる受け皿となってくれるのも同施設の特徴です。
「不思議なことに、ここに来ると、これまで夜鳴きしていた子もピタっと夜鳴きしなくなるんです。ここではすべての犬が、日の出と共に起きて、明るいうちはドッグランで散歩や日光浴、暗くなればベッドに戻って寝るという規則正しいパターンで生活しています。はっきりとした理由はわかりませんが、その影響かな?」と岡田さん。 -
▲元気いっぱいに海岸を走る16歳の柴犬エレタ君
朝日をたくさん浴びてセロトニンを活性化させることは、夜の快眠にも一役買います。セロトニンは十数時間後に眠りを誘うメラトニンをつくる材料になるので、朝日や日中にしっかり太陽の光を浴びることは夜の快眠に繋がるため、規則正しい生活で、夜鳴きが減ったのかもしれません。
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また、足腰が弱っていて、歩けなかった犬も、ここに来てずいぶん元気になると言います。13歳でダルメシアンのリョウ君は、ここに来た時あまり歩きませんでしたが、広い芝生のドッグランと他の犬たちの刺激を受け、今では自らどんどん歩くようになりました。
歩けばお腹も減ります。お腹が減ればご飯もしっかり食べるので元気になります。そして元気なって、どんどん歩けば筋力もついていくのです。 -
▲この施設に来て元気にお散歩できるようになったダルメシアンのリョウ君
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「老犬ホーム入所にあたり、高度な医療体制を重視する飼い主さんも大勢いるのですが、この施設では、医療に頼るのではなく、ストレスを失くし、豊かな自然環境の中で、免疫力を高め、老犬たちが元気に、楽しく、幸せに最期まで暮らせることを目的としています。もちろん当施設でもお世話になっている動物病院があるので、基本的な治療や投薬は行いますが、医療ありきで長生きさせることは行っていません。まずは犬たちのQOL(生活の質)が最優先です」
その岡田さんたちスタッフの思いに共感する飼い主さんも大勢います。 -
▲犬たちのQOLを大切にし明るく元気にお世話するスタッフさん
先住犬の最期で、過剰な強制給餌や点滴で延命させたものの、最後は苦しんで亡くなっていった犬の姿が忘れられず「過剰な医療での延命はもうしたくない」と、岡田さんたちの理念に共感して、ここを愛犬の「終の棲家」に選ぶ飼い主さんも大勢います。
岡田さんは、老犬たちの老後をしみじみとこう語ります。
「一番、幸せな犬の老後って何だろう?って考えた時、高度な医療でも、延命でもなく、きれいな空気を吸いながら、大自然の中で最期まで自分の脚であるけることだろうなって、思うんです。ここは、老犬たちにそういった環境を与えてあげられる場所。ほとんど歩けなかったリョウ君ですが、ここに来てからは海岸でもすたすた歩いてくれます。その姿を見ると、私たちスタッフも本当に幸せです」
最期まで自分の足で歩きたい。それは、人間も同じではないでしょうか?
言葉を話さない愛犬たちの「老いじたく」を考える時、「自分がしてほしいことを、愛犬たちにしてあげる」、その思いを忘れずにお世話をしてあげることが、後悔しないひとつの策なのかもしれません。
リーズナブルな価格設定で、より身近になった「老犬ホーム」
九十九里パークに愛犬を預けに来る飼い主さんは、首都圏に限らず遠く北は北海道から西は四国と広範囲に及びます。その理由のひとつがリーズナブルな価格設定です。老犬ホームで一年間にかかる費用は、一頭あたり440,000円。
ここまで、リーズナブルな価格でサービスを提供できる施設は他になく、自宅での飼育費用とそれほど大きな差はありません。
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その理由について、岡田さんは次のように語ります。
「そもそも、施設の敷地はここの園長の持ち物で土地代はかかっていません。またコンテナホテルも園長の知り合いから安く譲り受け、内装の多くは手づくり。老犬ホームというと、手が届かない特別な施設、というイメージがありますが、多くの飼い主さんが安心して利用できるよう施設建設費を低く抑えた分、利用料が安くできるのです。このドッグランのベンチも飼い主さんからの寄付ですし、ドッグランの草刈りやメンテナンスはスタッフ自らが行います。」 -
▲清潔に保たれている施設内の犬舎
イニシャルコスト削減で、リーズナブルな価格を実現させた九十九里パーク。
コンテナホテルに豪華さはありませんが、掃除の徹底ぶりや、個室の広さ、採光、空調は申し分ありません。そもそも犬は、人間のようにゴージャスさを求めてはいません。当施設では、犬が最も必要としているサービスに特化することで、多くの飼い主さんに利用してもらえるよう、お財布に優しい価格設定を実現させたのです。
当施設は、郊外型老犬ホームのモデルケースとして、今、注目を集めています。
素晴らしい環境と温かなサービスが何よりの特効薬
「まず、飼い主さんには入所を決める前に、必ず見学に来ていただきたい」
岡田さんは自信たっぷりに言います。
この環境と空気を飼い主さん自身が、肌で感じ、自分の犬がここで暮らすことが愛犬にとって幸せかどうか、判断してもらうためです。入所の際には、ヒヤリングシートを準備し、入所後もできるだけ家での生活に近い状態でお世話をするよう努めています。食費は基本料金に入っていますが、療養食を希望する場合は、飼い主さんが定期的に施設に送ってもらうことにしています。
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「うちの施設は、高度な医療提供でがっつり長生きさせますよ、ということはしていません。太陽と風を感じられる最高な環境で、愛犬が亡くなるその日まで笑顔で、幸せでいられるようお世話する、という施設です。この環境を見ていただき、その考えをご理解いただいた上での入居となります。
もちろん、介護が必要な子は24時間体制で見ていますし、いよいよかな、という時にはすぐに飼い主さんに連絡をとれるようにしています。また、亡くなってすぐに引き取りにいらっしゃれない飼い主さんの場合には、看取りから火葬まで、こちらで行う場合もあります」 -
▲介護が必要な柴犬に給餌するスタッフの岡田さん
人もペットも高齢化社会となった日本。
その最期をどんな場所で、どんな形で送るのか、言葉を話せない犬の最期を決めるのは飼い主でしかありません。
その時、私たちは何を基準に「犬たちの幸せ」を図るのでしょうか―?
九十九里パークは、飼い主さんのそんな問いに「ひとつの答」を導き出してくれる施設のようでした。
(取材:2024年2月)
九十九里パーク
千葉県山武郡九十九里町小関2188-3
TEL:080-5533-2923
取材・記事:今西 乃子(いまにし のりこ)
児童文学作家/特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会理事/公益財団法人 日本動物愛護協会常任理事
主に児童書のノンフィクションを手掛ける傍ら、小・中学校で保護犬を題材とした「命の授業」を展開。
その数230カ所を超える。
主な著書に子どもたちに人気の「捨て犬・未来シリーズ」(岩崎書店)「犬たちをおくる日」(金の星社)など他多数。
公式HP:今西乃子ホームページ
YouTube:キラキラ未来チャンネル