ペットと共に生きること

「人と動物が一緒に暮らしていく」うえで、考えて欲しいことを、さまざまな取材を通して紹介します。ちょっぴり硬い話題が多いけれど、ほんの少し、一緒に考えてみませんか?

悲しみを通して生まれた 犬と人を結ぶための「犬一揆」

 ハンガリーではジャイアントシュナウザーと暮らす師匠に師事、そこで生まれた子どもをパートナーとして迎え、共に暮らしていた山本さん。帰国の際も、その子(ココというそうです)と一緒でした。
が、環境の変化もあったのか、ココは帰国から2年10か月で、腎不全のため天に召されます。最後の半年は、ほとんど闘病生活だったそうです。
「ここまでの生活を支えてくれたのは、まぎれもなくココでした。だから、これからは僕が、犬の生活を支える活動をしようと」。
ココ亡きあと、山本さんはそう決意。まず、トレーナーに預けても見放された犬たちのトレーニングを引き受けることから始めました。見放された犬を飼い主は、「これは処分した方がいいのだろうか」と考える場合もある。それを「ちょっと待って!」と引き受け、トレーニングするのです。トレーナーの言うことを聞く犬の様子を飼い主が見ると「この子はまだなんとかなるのでは…」と思ってもらえる。それも、不幸な犬を減らす活動になる、そう信じて。
 ちなみに飼い主が飼うことをあきらめた犬は、施設などに保護されます。しかしその施設はほとんど、人の目に付かない郊外。近隣の人の迷惑になるから、という理由で郊外に活動の場を作る場合が多いのですが、「社会の中で生まれた状況なのだから、都会の、社会の中で共存しているはずの犬が保護されているのだから、“この地域にこれだけ共存の輪から外された犬がいます”というのを社会の中でやらなければ。人の目にふれることで、人に感じてもらわないと」と山本さん。

そのような思いから、「犬一揆」が生まれます。




処分数が多いこの現状、気持ちをちゃんと理解してくれない人間。もし自分が犬だったら、この状況の中で他の犬と組合を作り、反乱を起こすだろう。だから「一揆」。でも、犬と人の環境を良くするために、これは人が動かす活動だ、と山本さんは言います。「別に犬が人を倒したいわけじゃないんです。暮らしやすい、楽しい環境にしたいだけなんです。その役割は、人間が持っている」。
活動の最初は、梅田にあるクラブでのミーティングでした。夜は多くの若者で賑わう場所で、昼にこんな活動をする。あくまでも、“社会の中で”“人の目にその活動がふれるように”。活動が2年目になり、山本さんの頭の中には、先に述べた、公園でのことが浮かびます。




「例えばアメリカの事例ですが、公園に窓ガラスを割った車と新車をそれぞれ置いたところ、新車はそのままなのに対し、窓ガラスが割れていた車は更に窓が割られ、備品が盗まれていたそうです。つまり環境が悪化すると、そこに事故や事件が起こるのだ、ということなんですね。じゃあ反対に、公園の環境をよくすれば、そこに集まる人のマナーも向上するのでは」。そして、現在のゴミ拾い活動がスタートしました。

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