老犬マギーのきょうもいい日

第8回 (最終回)大好きなマギーへ

マギー(ゴールデン・レトリーバー  11歳)

ただいま琵琶湖にほど近い田舎町でのんびりシニアライフを満喫中。

コロコロに太った子犬時代がつい最近のような気がするのに、気づけば我が家で最年長。悲しいかな、ここ1、2年であちこち体に悪いところも出てきた。

とはいえ、ぼちぼち元気に田舎暮らしを楽しみ、うらやましいほど平和でゆったりした1日を送っている。

その日は突然に

9月24日6時16分。
マギーが天国へ行ってしまった。急性腎不全だった。

体調を崩したのは亡くなる1週間前、9月16日のことだった。食べたものを戻すので病院へ連れていくと腎不全を起こしていることが分かり、そのときすでに厳しい状態だった。
何とかもち直してくれることを願いながら24時間つきっきりで必死に看病したけど病状は悪化していくばかり、あの食いしん坊が何も食べなくなりみるみる痩せて弱っていくのを見ていることしかできなかった。

そして24日の亡くなる数時間前、深夜にも関わらず少しでも楽になるようにと先生が最後の点滴を打ってくださり、帰宅後しばらくして家族に見守られながら旅立っていった。

マギーが初めて発作を起こし体調を崩したのが6月24日、それからちょうど3ヵ月後のことだった。ここから3ヵ月後の12月24日は12回目の誕生日だったのに。

マギーという犬

マギーは我が家にとって最高の犬だった。いや、犬という感覚はあまりなく人ひとりと同じ大きな存在だった。
マギー、マーちゃん、ぎっちゃん、ギギ、、、一体いくつの愛称をもっていただろう。用事もないのにしつこいくらいに1日に何度も名前を呼ばれ、そのたびにくるっと振り向いて答えてくれていた。

甘えん坊でちょっとわがままで、でも我慢強く、人の言葉をよく理解し、包み込んでくれるような優しさがあった。あのフワフワであったかい胸やお腹の毛にバフッと顔をうずめるとなぜかホッとした。
そして何よりがんばり屋だった。 最後の1年は本当に病気ばかりで治療やリハビリも辛かったろうし、痛いところも多かったはずだ。でも嫌がったり逃げ出すこともなくひたむきにがんばってくれた。

最後の点滴のときに尿毒症の状態を調べるために行った血液検査の結果は、意識を保っているのがありえないくらい最悪の数値を示していたらしい。にも関わらず、マギーの意識は力尽きる直前まではっきりし懸命に苦しさと戦っているようだった。
それを見た先生がこんなことを言っていた。「マギーちゃんはこれまで何度も驚くようながんばりぶりを見せてくれました。それはマギーちゃんの“生きようとする力”が強かったということなんでしょうね」と。生きようとする力、生きたいという思い、それが強かったということはマギーが幸せだったから、うちの子でよかったと思っていてくれたから、そう思ってもいいんだろうか。

マギーに感謝

マギーがいなくなって1ヵ月が過ぎた。
思えば我が家に犬がいないのは20年ぶりのことだ。先代犬のキャバリアのベスに始まり、私のそばにはいつも犬がいてくれた。
犬ってすばらしい。言葉は話せなくても気持ちのキャッチボールは確かに成り立つし、辛いときにはそっと寄り添ってくれている。こんなに良い生き物の寿命がどうしてこんなに短いのだろうといつも思う。

振り向くマギー

マギーとはいっしょにやりたいことがまだたくさんあった。行きたいところもまだまだあった。小さな後悔を挙げていくとキリがない。
でも今は、世界中に星の数ほどいる犬の中で“マギー”という1頭に出会えたことに感謝しよう。息を引き取る前、「ありがとね」と何度も言った。遠のく意識の中でそれがマギーに届いていたかどうかは分からないけど、伝わっていたらうれしい。

まだマギーのいない毎日には慣れないけど、少しずつ受け入れていこうと思う。マギーは精一杯生きたのだ。ほめてあげなくては。

マギー、今までたくさんの幸せをありがとう。

今年の春シロツメクサの花冠をかぶったマギーにこにこマギー

マギー


このコラムも今回で最終回となってしまいました。
今まで読んでくださったみなさま、どうもありがとうございました。何か1つでも共感していただけるところがあったならとてもうれしいです。

どうかみなさまとみなさまの愛犬・愛猫との毎日がこれからもたくさんの幸せであふれていますように。