ふと読みたくなる、猫の本

猫鳴り

Vol.6 “猫がいる”という暮らしを、深く見つめた傑作

猫鳴り
沼田まほかる著
双葉文庫
定価550円

著者の沼田まほかるという人は、僧侶や会社経営などを経て作家デビューした、異色の経歴の持ち主。だからこそなのか、描写の繊細さ、人間心理の洞察の深さに驚かされます。
彼女は2004年のホラーサスペンス大賞を受賞し、デビューしたのですが、
今回ご紹介する作品は、ホラーでもサスペンスでもない、ある夫婦の話。
といっても、長い年月に渡る、夫婦と、そこで飼われることになった“モン”の話。

夫婦は結婚が遅く、子どもはようやく授かるのですが、流産してしまう。
そんな時、夫婦の家の庭に
毛の生えそろったばかりの仔猫が捨てられていたところから
物語は始まります。
哀しみの中で、最初から仔猫を捨てることだけを考え、
そして捨て、捨てたはずがまた家に戻ってくる仔猫。
今度こそ、と遠い場所に捨てて帰宅すると、
家の前に、猫を夫婦の家に捨てた女の子が現れる・・・。
女の子は「おばちゃん、猫飼ってくれそうな顔してた」から、夫婦の庭に仔猫を捨てたのだという。
「このおうち、おじちゃんとおばちゃんしかいないでしょ。
だからモンちゃんは赤ちゃんのかわり」
女の子はまるで夫婦の事情を知っているかのように、
さらりと言ってのけ、
モンは夫婦の猫になるのでした。

第二部は、女の子が少し大きくなり、彼女と、
彼女のクラスメートの話。

そして月日は流れ、第三部。
夫婦は奥さんが先立ち、主人だけ。
女の子も結婚し、遠くの街へ行ってしまったらしい。
主人と猫、一人と一匹の暮らしが淡々と綴られています。
モンはもう老衰の域に達しており、
主人はモンを熱心に世話する。
が、モンは日に日に衰えてゆく。
手術を考えたり、安楽死に悩んだり、悶々として
医者へ相談する主人、自然死を勧める医者。
やがて、モンを看病しているつもりが、
実はモンに、死ぬことが怖くないのだと教えられていると
感じる主人。自身も衰えているためなのか?

そんな日々の中でついに、
“そうか、猫はずいぶん前から、自分に分かれる準備ができるのを待っている”
と気付く主人でした。

第三部のほとんどは、
老いゆく猫とそれを看病する老人の日々の描写、
そして主人の心模様。
この章は、ぜひ熟読してほしい。
人と人、人と動物、その長い生活の中で誰もが経験するであろう事実を、
しっかりとこちら側も受け止めることができるでしょう。

タイトルの「猫鳴り」は、
そんなモンが“ゴロゴロ”と喉を鳴らす音。
人と動物が、心を通わせている時の音です。